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流氷と月光  作者: 伊藤
26/26

5-3

 この扉を開くのも今回で何度目だろうか。

 良晴は菊池を捕まえたあと初めて第五支部を訪れた。京佳に呼び出されたのだ。なんの用があるのかは聞かされていなかったが、だいたいの予想はついていた。菊池に関する報告だろう。そして第五支部を訪れるのは今回が最後になるだろうとも思っていた。全ての事情が片付いたので、良晴が結社に関わる理由はなくなったのだ。

「いらっしゃい、常井くん」

 中に入ると京佳が出迎えてくれた。

 第五支部には良晴以外の三人が既に集まっていた。

「いきなり呼び出しちゃってごめんなさいね」

 連絡を受けたのは今から二時間前だった。本当に急であったが、行けないことはなかったので、良晴は行くと返事をした。

「別にいい。特に何かしているわけではなかったし」

 今日は土曜日だった。どこかに遊びに行くでもなく、家でゴロゴロしていた良晴にとってこの呼び出しは絶好の暇つぶしとなった。

 良晴がソファに座ったのをみて、京佳が話を始めた。

「それじゃ、菊池の件について最後の報告をさせてもらうわ。今日はただ結末を述べるだけ。新しい仕事とかはないので安心して」

「ふう……。せっかく一件が片付いたのに、また何か頼まれたらどうしようかと思ったぞ」

「まあ、頼まれてもいいんじゃないかな。結社のために必要なことなのだし」

「柳川さんは仕事に行っちゃって、こっちの任にほとんど参加しないじゃないか。だからそんなこと言えるんだ」

「ははは、そう言われると辛いな」

「柳川を糾弾するのは置いておいて、報告を続けてもいいかしら」

「ああ、話を中断しちゃてごめん」

 奈緒が謝れば、

「ごめんね」

 と柳川さんが続いた。

「菊池はこの第五支部を経由して第一支部に送られたわ」

「へえ。第一支部か。ドイツの本部とかじゃないんだな」

 大きな事件だったので、それを起こした張本人はやっぱり本部に送られるものだと、良晴は勝手に思っていた。

「本部に行かなくとも第一支部で事が済みそうなのよ」

 京佳は、ばつが悪そうにしていた。

「結社は、菊池の研究結果が欲しかったみたいで、菊池を結社に加えようとしているのよ」

「え?」

 奈緒は聞き間違えかと思った。しかしそうではないようだ。京佳は静かに頷いた。

「驚くでしょう。驚いても仕方ないわね。私も驚いているもの」

「いいのか? 菊池を仲間に加えるなんて、京佳ちゃんとしても何か言いたいことがあるんじゃないか」

「結社の意向に私は従うわ。結社に従うことが私の幸福ですもの」

「それならいいんだが……」

 奈緒は忠誠心というものを理解できないでいた。他に従って何が楽しいんだ。私は私のために生き、そして死ぬ。

 しかし京佳は納得しているのだから、口を挟むのは失礼だと思った。

「菊池の研究成果である『ソーマを利用した能力活性化方法』は結社の研究部に回されたらしいわ。本人も言っていたとおり、内容は実用には至らないレベルなのだけれど、基礎的な研究結果を、他の研究で利用するそうよ。そして菊池自身は第二支部の所属となりそうよ」

「菊池の研究は、それほど有用な研究だったんだな」

 良晴はうんうんと頷いた。

「そして常井くんについてなのだけれど……」

「俺か」

「そう、あなた」

「俺はどうなるんだ?」

 分かりきったことだったけれど、良晴は改めて訊いた。自分から結論を言うのが憚られたからでもある。

 京佳は良晴の顔を見て、優しく微笑んだ。

「よくここまで私たちに付き合ってくれたわね。全てを任せてくれても良かったのに」

「自分の能力が心配だったからだ。いくら村江たちがクラスメイトだといっても、他人に任せておくにはあまりにも大きな問題だった。もちろん、信頼していなかったわけではないが」

「ええ、私でもそうしていたと思うわ。能力の喪失なんて重大な出来事……。けれども元に戻って本当に良かった。さて、全てが解決した今、あなたは晴れて自由の身となったのよ。私たちの結社ともお別れね。ここにはもう来てはダメよ。あなたは結社とは無関係な一般人となったのだから。といっても、私と奈緒とはすぐに学校で会えるけれどね」

「ならば一般人の俺と学校では仲良くしてくれよ。流氷と月光とはなんの関係もないただのクラスメイトなのだから、村江と違って会話をしても差し支えないだろう」

「それもそうね」

 良晴と京佳は握手を交わした。相手をしっかり眼中に収めると、手を握る力は一層強くなった。

 最後に良晴は、京佳たち三人に一礼し、感謝の意を示した。そしてドアを開け、階段を降りていった、振り返らずに前を見据えながら。現在時刻は一四時半。太陽の位置はまだ高く、日差しが強く照りつけていた。

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