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流氷と月光  作者: 伊藤
25/26

5-2

 菊池の居場所についてのマッピングを再度依頼されたとき、長宮は初めこそ渋りはしたが結局受け付けた。居場所を突き止める作業は、現在地の探索を何度も繰り返さなければならないので、予想以上に面倒なのだそうだ。けれども頼みを受けてくれたということは、長宮は京佳たちの行動を気にしているのかもしれない。

 長宮が作成した地図には二〇の印があったが、その内の五つがある箇所に集中していた。その場所は菊池と京佳が初めて対決したあの海岸だった。

 京佳は探索の初めにその海岸へ行くことに決めた。一番印の多い場所であったし、彼女としても、初めて会ったあの場所で終わりを迎えられれば、事が綺麗に収束すると思っていた。

 彼女は今回で決着をつけるつもりだった。良晴の能力が戻ってきたのだから何も遠慮することはなかった。これまでに行われた二回の対決とは気の入れようが違っていた。無論、これまで気を抜いていたつもりはない。今回は一層気を入れているのだ。

 なんとしても菊池を捕縛せねばならない。これ以上グズグズしていると、他の勢力が参入してきてしまう。菊池の問題を中途半端に終わらせず、きちんと最後まで付き合いたいとも、京佳は思っていた。

 京佳たち三人(柳川さんは今日も仕事……)が海岸に行くと、菊池は待ち構えるようにそこにいた。海を見ていた。

 夕日が菊池の背に当たり、正面から砂浜に影が伸びていた。

「不思議に思う」

 菊池は振り向きざまに言った。

「なぜ俺の居場所がわかったのだ。この前会ったときはただの偶然かと思っていた。しかし、今回も探し当てたところを見ると、偶然ではないな。一体どうやって俺を見つけたんだ。世の中には種も仕掛けもある。仕掛けが分かれば不思議はなくなる」

 どうせ彼は捕まるのだ。ならば教えてもいいだろうと思い、京佳は口を開いた。

「私たちの仲間にはメモリーがいるのよ」

「ああ」

 菊池は首を振った。

「おい、教えても良かったのか。敵に余計な情報は流さないほうが……」

 京佳が菊池の質問に答えたのを意外に思い、良晴は訊いた。

「いいのよ。どうせ最後なんだし」

 京佳は教えることにより後をなくし、自分を追い詰めていた。

「メモリーか。その可能性をすっかり見逃していた。なにせ第二次発生を持っている人間なんて滅多にいないではないか。俺はメモリーをただの一度も見たことがない。存在自体は知っているのだが。そうかメモリーか」

「忘れるほどの能力だったのに、どんな能力だったかを覚えているのね。私なんて希少な能力は殆ど覚えていないわよ」

 所持者の多い能力は限られた数しか存在しないのだが、希少な能力は無数にある。その人ただ一人しか持っていない能力、なんてものもある。そして様々な種類のある第二次発生能力はその全てが希少な能力だ。第二次発生者自体が少ないのだ。

「希少な能力の中でもメモリーは有名な能力だろう。だから覚えていたのだ。全ての能力を記憶しているわけではない」

 たしかにメモリーは、有益な能力だからなのか、希少な能力の代表的存在だ。それであっても、希少な能力を覚えている人は少ない。

「随分と落ち着いているわね。危機的状況であるのに」

「慌てても仕方がない。それとも抵抗してくれないと捕まえがいがないか?」

「まさか。捕まえられればそれで十分よ」

「ならば結構」

「あなた、捕まる気があるのね」

「逃れるのは困難であろう。さあどうぞ」

 菊池は両腕を広げておどけてみせた。

「その前に一ついいか」

 気になっていたことを訊くには今しかないと思い、良晴は菊池と京佳の会話に割って入った。

「なんだ?」

「どうしてこの海岸にいたんだ。砂と海しかないこの海岸に。最初にお前と対峙したときも、お前はここを訪れていた。わざわざメモ書きまでしてここを訪れた理由を知りたい」

「メモ書きを知っているのか。ということは、薬局のじいさんにメモ書きを見られたのか。迂闊だった。それさえなければ、君たちが俺と関わることはなかったのかもしれない」

 菊池の言葉を聞いて、奈緒が異を唱えた。

「それはないだろ。結社から補助機を奪ってこの地区に逃げ込んだ以上、私たちと会うのは必然じゃないか」

「なるほど。必然か……」

 菊池はぽつりと言った。

「それでここを訪れていた理由だが、特別な理由ではない。ただ単に海が好きだからだ。海を見ていると心が安らぐ。安らぎを求めてここにやってきていた。ただそれだけだ。メモ書きは、予定を書き込んでいただけだ。しかしそれが出会いを生むとは。書くほどのことではなかったな」

「私たちはとても助かったぞ」

 奈緒が茶化した。

「さて、どうやって捕まえてくれるんだ」

「自分から投降する気はないの?」

「それは俺の意地が許さない。自ら負けを認めるなど卑怯者のすることだ。俺は一貫していたい」

「常井の能力を人質にしたんだから十分卑怯者だろう……」

 奈緒は呆れていた。

「目的のためにはそのようなことも必要だと、前にも言わなかったか」

「覚えてないな」

 さて、どうやって捕まえたらいいだろうか。京佳としては、自ら投降してくれたほうが、余計な手間を省けたのに、頑固者のせいでその計画はご破産となった。

「無理矢理に捕まえるのだから、多少の苦痛を感じることになるかもしれないわよ。それでもいいの?」

「もちろんだ。そのくらいの覚悟はある」

 ならばと、京佳には方法があった。この方法は苦痛を伴う。しかしその苦痛は最小限の苦痛だ。このくらい我慢してもらわなければ困る。

 良晴に罪の告白をした京佳は、人を傷つけることに以前ほどの抵抗を感じなくなっていた。それ自体、結社の一員として一歩成長していた。以前の京佳は、あまりにも潔癖すぎたのだ。

 問答無用に京佳は、菊池を中心とした水のキューブを作った。二秒で、一辺が三メートルのキューブが完成し、菊池をその中に閉じ込めた。

 地に接していたキューブは、五〇センチメートル程浮いた。

 捕らえられた菊池は、静かに目を閉じて気が絶するのを待っていた。時間は永いようにも短いようにも感じられた。が、落ち着いて考えるとその時間は永かった。京佳たちが何も話さずにただ黙っていたからかもしれない。

 菊池が失神したのを確認して、京佳は水の檻を解いた。檻から人が抜け落ち、水は海へと還る。

「さて、どうしようかしらね」

 砂の上に倒れている菊池を見て、京佳が言った。

「どうやって彼を運ぼうかしら」

「柳川さんを呼ぶしかないだろう」

 奈緒はたどり着くであろう結論を言った。実際それしか方法はない。一般人を結社の事件に関わらせるわけにはいかない。

「初めから柳川も連れてくるんだったわ」

 京佳は、穏便に事を済ませるつもりだったのだ。能力なんか使わずに。それが実現していれば、第五支部まで歩いてもらうつもりだった。しかし、今の菊池は歩くことなんか到底できないだろう。

 結局、電話で柳川さんを呼び、瞬間移動を使って第五支部まで運ぶことになった。

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