5-1
「常井くん。調子はどう?」
京佳は、第二支部にある良晴の病室を訪れていた。この部屋にいるのは、京佳と良晴の二人だけだった。というのも、京佳はここへ来るのを誰にも言わなかったのだ。なので同行する人はいなかった。
菊池が能力子を開放したので、良晴には全ての能力子が返還されていた。それでもなお第二支部にとどまっているのは、大事を取るようにと長宮から言われたからだ。能力子喪失なんて前代未聞の出来事だったので、取り戻せば不調が終わりなのかどうか分からない。そのためしばらくは手元に置いておきたいのだそうだ。
「ああ、なんも問題はないな。ここでじっとしているのがおかしいくらいだ。なんだって閉じこもってなくちゃならないんだと、長宮さんに不平を言いたいよ」
良晴はベッドの上で起き上がり、京佳を出迎えた。
京佳が今日ここに来たのは、果たさねばならぬ義務があったからだ。
「私はあなたに謝らなければならないことがあるの」
「は?」
突然の告白に良晴は驚いた。何も脈絡はつながっておらず、ちんぷんかんぷんだ。
「何があるんだ? 俺が謝らなければならないことは、たくさんあると思うが。面倒、迷惑かけてごめんなさいとか」
「それはいいのよ。あなたは何も悪くない。むしろあなたを守れなかった私たちの方が……。そう、これについても謝らなければならかったわね。あなたを守りきれなくてごめんなさい」
「他にもなんかあるのか?」
良晴は、なんだか面倒くさいことになったな……と薄々感じていた。彼はこんな湿っぽい行事は嫌いだった。
「実は、菊池と対峙したとき、あなたと菊池が重なって見えたの。そして私は菊池を攻撃しなかった。こんな中途半端なこと許されないわ。だからごめんなさい」
京佳はいかにも健気だった。普通の人は気にしないようなことまで気にして、それに決着をつけようとしていた。とことん義理堅く、それでいて面倒くさい人間だった。
「うーん」
そんなこと言われても……と、良晴は返答に困っていた。彼にとって京佳のしたことは罪でもなんでもなかった。それどころか京佳に感謝していた。自身の能力が戻ったのは、京佳が頑張ってくれたおかげだと聞いている。ならば京佳には謝罪なんかせずに、もっと自身を誇ってほしかった。そのほうが良晴にとっても話しやすく楽だ。
「別に攻撃しても良かったんじゃないか? 俺と重なって見えても、俺ごと攻撃しちまえば良かったのに」
「え?」
「俺はよく殺しても死ななそうって言われるんだが、自分でもそう思っている。なのでどんな攻撃を受けても大丈夫なんだ」
良晴の言っていることはでたらめで、なんの筋も通っていなかったが、京佳は不思議とこの言葉に勇気づけられた。無茶苦茶と無鉄砲さが、思い悩む京佳を励ましてくれた。
「……まさか常井くんに元気をもらうだなんて、思ってもみなかったわ」
「なんだよそれ。この前、村江にも同じようなこと言われたな。そんなに頼りなさそうに見えるかよ」
「あまりにも意外だったから……。だから拗ねないで欲しいわ」
「拗ねとらんわ!」
良晴はぷいとそっぽを向いた。
「やっぱり拗ねてるじゃない」
「……まあ、こんなことはどうでもいい。それよりも菊池を捕まえに行くんだろう。なら俺も連れて行ってくれ。ここまで来たんだ。最後まで付き合いたい」
「私は構わないのだけれど、長宮に許可は取ったの?」
「あの堅物はダメだ。私情、根性、頑丈というものをまるで理解しちゃいない。いつまで待ていればいいのか分からないのに待っていられるか」
「あの人がダメだというのには同意できるわ。それとゴミクズ野郎ということもね。けれども許しが出るまで抜け出しちゃいけない。それまで待ってあげる。なので今は安静にしていましょう」
京佳は、再び良晴が倒れるのではないかと懸念していた。一度体験した恐怖をまた味わいたくはなかった。
「北沢がそう言うのならおとなしく従うよ。なにせ能力を取り戻してくれたのは北沢だからな」
「そんな恩着せがましくしたつもりはないのだけど。……理由はなんでもいいわね。従ってくれれば結構よ。それじゃ、あなたの準備ができたら迎えに来るわ」
「よろしく頼むよ」
彼らの話は一段落し、場は京佳が入ってくる前の落ち着きを取り戻した。
窓から入ってきた風が、純白のカーテンをはためかせた。