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流氷と月光  作者: 伊藤
22/26

4-4

 駆けつけた第二支部の人たちに、ぐったりしている良晴を任せたら、京佳たちは部屋の外に追い出されてしまった。

 処置の邪魔になるからだ。

 仕方なく京佳たちは、自分らの部屋へ戻ることにした。

 良晴の様子を確認するのに、いちいち第二支部と第五支部を往復するのは馬鹿らしいので、彼女らは長宮に言って自分たちの部屋を用意してもらっていた。

「常井くん元気そうでよかったわね」

「まあ……、そうだな!」

 どこが元気そうだったんじゃい! というツッコミはやめにしておいた。

 京佳の言動は、良晴に拒絶されたショックを隠すための空元気なのかもしれない。

 京佳が入ってくるまで、良晴は元気だった。これは確かだ。

 だが、京佳が入ってきてからはどうだろう。それまではなんともなく普通に奈緒と話をしていたのに、京佳を認めた瞬間、彼は気を失った。γ一人では何も影響はないが、αとなると話は違うらしい。一発で倒れてしまう。

 廊下を歩きながら、京佳は考えていた。

 良晴のために菊池から能力子を取り戻そう、と計画立てていることを、奈緒にも話したほうがいいのかもしれない。

 奈緒だって勝手に行動されたら、いい思いはしないだろうし、隠す理由もない。

「あの、奈緒。話があって……」

「なんだ?」

 奈緒は大した興味を持たずに、前を向きながら聞き返した。

「実は、私たちだけで菊池から常井くんの能力子を、取り戻せないかと考えているの」

「……本気か?」

 と奈緒が思うのも無理はないだろう。

 先程聞かされたのだが、どうやら結社の上層部は、良晴の失神を受けて、第五支部の会員のみで菊池の案件を解決するのは不可能だと判断し、他の支部の投入を指示したそうだ。この報せは京佳の計画を加速させた。

 京佳たちが動かなくても、もっと大きな力が菊池を捜し出し、押さえ込むだろう。

 だが、そうさせるわけにはいかない理由があった。

 良晴の能力子は菊池に握られているのだ。もし不備があって、補助機を破壊されたら、良晴の能力は戻らなくなってしまう。それを考えるとゾッとした。

 もう一つの理由として、京佳の信念というものがあった。いくら敵といえど、相手を傷つけないで捕縛したかった。過去に幾度かの実戦を経験した彼女だからこそ、今回のような任では、死傷者を一人も出さずに解決できるという見通しがついていた。無論、死傷者を一人も出さないというのは、並大抵のことではない。でも達成できると信じていた。信じるしかなかった……。

「もちろん本気よ」

「まあ、他人に任せておけないという京佳ちゃんの気持ちも分かるけどなぁ。うーん」

「何か不満な点があるの?」

「い、いやぁ」

 ただ面倒くさいだけだ。奈緒は、京佳のような細かな考えを持たなかった。

 解決すればそれでいいじゃないか。なにも私たちが手を加えることは……。

「お願い……。奈緒……」

「うっ……」

 潤んだ瞳で見つめられ、これには奈緒も敵わなかった。

「し、仕方ないなぁ〜」

「ありがとう!」

 京佳は奈緒にがしりと抱きついた。感謝の意を示すためだろう。

 ふわりと舞った髪の香りが、奈緒の鼻孔をくすぐった。

「わ、分かったから離れてくれ」

「ごめんなさい。調子に乗りすぎたわ」

 京佳は、身体にまわしていた腕を放し、素直に奈緒から離れた。

「それで、菊池を捕まえるとしても、どうやって居場所を割り出すんだ? この前逃げられてしまったから、今はもうどこにいるか分からないだろう」

「もちろん、その方法も考えてあるわ」

「おお! さすが京佳ちゃん!」

「もっと褒めなさい!」

「で、その方法とは一体どんな方法なんだ?」

「………………」

 おや? 黙ってしまった。これまたいかに。

 ああ、と奈緒は思い至る。

「京佳ちゃんスゴイナー」

「でしょーう」

 どうやら、褒めが足らなかったようだ。むふんと京佳は胸をはった。

「その方法は、長宮の能力を使うのよ」

「長宮さんの? ああ、たしかにそれはいいアイディアかもしれないな。そうだな、その手があったか」

 長宮の能力はメモリーだ。対象者の能力を分析、記憶する能力である。なんとも研究者にうってつけな能力だ。

 個個人が持つ能力子の癖を分析し記憶すれば、対象の居場所を特定できる。

 またメモリーは能力に対する能力であるため、他の能力が発生したあと、しばらくたってから現れた、新規の能力なのではないかと考えられている。このようなあとから発生した能力を第二次発生能力と呼ぶ。

「そうと決まれば、長宮の部屋に行きましょうか」

「え、今からか?」

 随分と急な話だ。

「後回しにする理由はないでしょう」

 京佳はくるりと身体を反転させ、支部長室に向かって歩き出した。奈緒は、おいていかれないようにその背を追った。

 菊池の件をどのように長宮に切り出そうかと考えていると、あっという間に支部長室の前についてしまった。

 まだ考えはまとまっていないが、入るしかない。

 ノックをし返答を聞いてからドアを開ける。

「失礼するわ」

 京佳は臆さず部屋の中に入っていった。

 長宮は木製の大きな机に向かい、書類整理をしていた。京佳の姿を認めると、気だるそうに頭を上げた。

「どうしたんだ?」

「菊池のことで話があるのよ」

「菊池……? その件なら北沢たちは、主導権を剥奪されたはずだ。それでもなお、一体なんの話があるんだ」

「主導権は取られちゃったけど、勝手に行動するなとは言われてないわ」

「菊池を捕まえに行くつもりなのか?」

「ええ、そうよ」

「はっはっは、相変わらず北沢は酔狂なのだな」

「……酔狂で結構よ」

「はっはっは、相変わらず北沢はクソババアなのだな」

「なんですって!」

「まあ、まあ、その辺で。長宮さんも茶化さないで下さい」

 奈緒が双方を止めに入る。彼女がいなければ、この二人の会話は一向に進まないのだろう。

「すまない、すまない。北沢をからかうことが趣味なんだ」

 キリッと京佳が長宮を睨む。

「と言ったら怒るかな」

「当たり前よ」

「まあ、冗談はここまでにしておこう。それでなんでその話を僕にしたんだ? 行きたいなら勝手に行けばいいじゃないか。僕は止めやしない」

「菊池の居場所を特定するのに、あなたの能力が必要なの」

「なるほど。そういうことか」

「協力してくれるかしら?」

「いくら払う?」

 奈緒は金の話に敏感に反応し、キリッと長宮を睨んだ。

 金とるのか。くっ。なんて邪悪な男なのだ。

 卑劣だ。卑劣だ。

 仲間なんだからタダで協力してくれてもいいだろう。

 どんな神経をしているんだ。金とればいいってもんじゃないぞ。

 奈緒に睨まれるとは、思ってもみなかったので、長宮は狼狽してしまった。

「うぐっ……。そんなに睨むな。冗談に決まっているだろう」

 長宮は、奈緒の有無を言わさぬ圧に押されていた。

「ならいいんですが……」

「能力を解析するなら、何か対象の残り香が宿っているもの——例えば対象が触れたもの——が必要だ。用意はあるか?」

 うげ、そういえばそんな物が必要だったな……準備してあるのか? と奈緒は今更ながらに思ったが、そんな心配は不要だったようだ。

「もちろん!」

 なんと頼もしい声だろう。

 京佳はクシャクシャになった紙片を長宮に差し出した。それは菊池の住み処で手に入れた燃えカスの紙片だ。

「これが無かったら、あなたに相談しようなんて思いもしなかったわ」

「貸してくれ」

 長宮は紙片を受け取ると、紙面を指で数回擦った。対象物を手に馴染ませているのだ。

 そして目を閉じる。

 まずは紙片から残り香を見つける作業だ。紙面全体に意識を集中させ、懸命に探る。するとどこかに、暖かなものを感じる。それが残り香だ。

 あとはこれを紙面から引き剥がし脳へ伝える。

 脳内で残り香をコテンパに分解し、それぞれの要素に分ける。能力の種類や、クラス、生まれてからの経過時間などに。

 これらの情報の総体が、能力子の癖としてメモリー能力者に認知される。

「さて、これで菊池の能力子を記憶できた。あとはこの能力子の居場所を、見つけるだけだ」

 長宮はまた目を閉じた。

 先程格納した能力子の情報を引き出し、思考の中心へ乗せる。

 取り出した情報を優しく緩やかに撫で、ふと気を抜くと、能力子所持者の居場所が分かるのだ。

「君たちの支部周辺の地図は持ってきているか?」

「ええ、もちろんよ」

 居場所を探るのに地図が必要だってことも、京佳は知っていた。彼女の準備に怠りはなかった。

「机に上においてくれ」

 京佳は言われたとおり、机の上に地図を広げた。地図は机の半分を覆うほどの、大きなものだった。

 長宮は地図の一箇所にペンで丸印をつけた。

「ここに今、菊池がいるのね」

「ああ、そうだ。だがすぐどこかに移動してしまうだろう。僕はこれから定期的に、菊池の現在地を探っていくよ。複数箇所に印をつけていくので、探しに行くときには、印の周辺を見回ってみてくれ」

「ありがとう。あなたがこんな素直に協力してくれるなんて、思ってもみなかったわ」

「北沢のために協力しているのではなく、常井くんのために協力しているのだからな」

「……まあ、そんなのどっちでもいいわ」

「あっ、今思い浮かんだのだが、僕が先程検知した残り香と、良晴くんが恐怖を感じたオーラは同じものかもしれない。どちらも能力子から発生したものであるし、発生元の能力子の情報を含んでいる」

「ふうーん」

 京佳は適当に相槌をうった。

「そんな無関心そうに聞かないでくれ」

「だって本当に無関心なんだもん」

「なんだと? 少しくらい興味持ってくれてもいいじゃないか。……せめてフリくらいはしてくれ」

「いやよ。面倒くさい」

「僕は君たちのためにだな……」

「喧嘩はやめましょう」

 放っておくとすぐこれだ。

 何度も同じことを繰り返していると、さすがにイライラしてくる。いい加減、喧嘩に走る癖をやめていただきたい。

 京佳も、長宮も、制止の声を聞き、ひとまず落ち着いた。

「まあ、協力してくれてありがとね」

「このくらいなんでもないさ。それと、僕は支部長としての仕事があるので、ここを離れるわけにはいかない。あとのことは、よろしく頼んだよ」

「ええ、頼まれたわ。二人だけでも大丈夫よ。ね、奈緒」

「ああ、もちろんだ!」

 その後、長宮は複数回にわたり菊池の位置を探索し、地図に書きこんでいった。地図上にたくさんの丸印が浮かぶ。この丸印をあてに京佳たちは菊池の探索を行うのだろう。長宮は一つ一つ間違いのないように集中して書きこんだ。

 完成した地図を京佳に渡したら、彼女はありがとうと笑顔で言った。彼女にとってこの地図は、今、何よりも大切なものだった。唯一の手がかりがこの手にあった。ぎゅっと抱きしめ、放すわけにはいかない。彼を助けるまでは。

 地図を受け取った京佳と奈緒は、その足で第二支部を出ていき、新幹線に乗って第五支部へ帰っていった。

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