表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流氷と月光  作者: 伊藤
17/26

3-3

「……というわけで私たちは、菊池についての情報を手に入れてきたの」

 京佳は、いつものホワイトボードの前で、力強く宣言した。

 今は、定期集会の報告を終えたところだ。報告にはもちろん、総括者からの渡された資料のことも含まれていた。

 ソファには良晴と、奈緒、そして柳川さんが座っていた。今日は珍しく全てのメンバーが揃っていた、いつもだいたい柳川さんがいないのに。

「それで資料には、どんなことが書かれていたんだい?」

 柳川さんが質問した。

「まあ、大雑把に分けると、菊池の住み処についての情報と、菊池個人についての情報が書かれていたわ。例えば……」

 京佳は後ろを向き、事務机に放り出されていた資料を拾い上げた。ずいぶんと読みこんだのか、資料はところどころが折れ曲がり、クシャクシャになっていた。

「菊池の能力について……、とか」

「それについて聞きたいな」

 奈緒が京佳の言葉に興味をよせた。

「彼の能力は遠細視よ、γ+の。双眼鏡を使ったように、遠くにあるものをはっきりと見れる能力ね」

「遠細視か。なら、物理的な攻撃は不可能だな」

 奈緒が少し安心したように言った。もし菊池の能力が戦闘能力であった場合、彼は擬似的に二つの戦闘能力(彼自身の能力と、箱に格納された良晴の能力)を所持していることになる。二つの能力に対応するのは困難だ。できないことはないが、捕縛の成功率が下がってしまう。

「でも、能力のクラスまで書かれているか。上のおっさんも頑張ったもんだな」

「おっさんだなんて、口が悪いわよ、奈緒」

「別に聞いてないんだし、いいじゃないか」

「私が聞いているのでダメよ」

「やっぱり、京佳ちゃんは真面目だな」

 真面目なのは結社に対してだけだ。他のことに関しては案外適当なところもある。

「真面目で結構よ。それより、話を進めるわね」

「ああ、余計なこと言ってごめん」

「遠細視ということで、能力に関する対策は特に必要ないわね。問題なのは、どうやって彼を捕縛するかよ。この前のような失敗を繰り返したくはないわ」

 京佳にとって海岸での出来事は、忘れがたき屈辱であった。失敗は、数多く経験しているが、何度経験しても慣れないものだ。経験するたびに一つ一つの失敗が重くのしかかってくる。だが、ここでへこたれるわけにはいかない。結社の名誉は自分にかかっているのだ。屈辱を晴らせ。

「それと、彼の住み処についてね」

 京佳は、事務机の引き出しから何かを取り出し、良晴たちの前にあるテーブルに、投げ出した。

 それは写真だ。

 見ると、三階建てビルの一階部分が、様々な方向から写し出されている。無機質なコンクリート、外壁に張り付いた黄土色のシミ、ぽかりとあいた窓……。

「先に偵察してきたわ」

「ということは、ここが菊池の住み処?」

 良晴が身を乗り出し、写真を覗き込みながら言う。

「ええ、そうよ。見つからないかと、ヒヤヒヤしたわ。まあ、見つかったら見つかったで、行動するだけだけど。ご覧のとおり、窓にはブラインドが降りていたので、建物の中は覗けなかったわ。だけど……」

 京佳は、手に持っていた別の写真を、良晴たちに提示した。

 今度の写真も先程の写真と同じような構図だ。写し出されているのは、コンクリートの壁。

「ブラインドが上がっているね」

 柳川さんの言うとおり、今度の写真では、四角形の窓にかけられていたブラインドは、上に持ち上げられていた。

「別の日に取った写真よ。そしてこれが中の写真」

 京佳が、さらに新しく提示した写真には、窓から覗いた建物内の様子が写し出されていた。部屋の中には、段ボール箱、本、コピー用紙などが散らかされており、とても整理整頓ができているとはいいがたかった。

「他の窓からも覗いてみたけれど、人がいる気配はなかったわ。おそらく、外出しているときにだけ、ブラインドを上げているのでしょう」

 良晴たち三人は、京佳の提示した複数枚の写真を、順々に検めていった。外観を写した写真が五枚、部屋の中を写した写真が三枚、中を写した写真はそれぞれ別の窓から撮られている。だが、どの写真も同じようなもので、特に目立った箇所はない。

「さて、ここからが本題よ。どうやって彼を捕縛するか、なのだけれど、私はこの建物に直接踏み込むべきだと思うわ」

「危険すぎやしないか、わざわざ相手の本拠地に乗り込むなんて。菊池の部屋には、武器があるかもしれない。武器じゃなくても、なにかしらの設備があるかもしれない。それなら、部屋から出たときにあとをつけていって、安全な場所で捕縛するべきじゃないか」

 良晴が即座に意見した。

 安全な場所とは、能力を使っても他人に被害を与えない、ひとけのない場所だ(そんな場所を菊池が通るとは、保証できないが)。

 たしかに良晴の意見はもっともである。相手に有利な条件で、決着をつける必要はない。こちらに有利とはいかなくとも、せめて平等であるべきだ。

 だが京佳はこれを否定した。

「いいや、部屋の中に踏み込んだほうがいいわ。だってそのほうが、逃げられにくいでしょう。ひらけている場所よりも、壁のある部屋のほうが、逃げにくいに決まっている」

 鬼気迫る表情で言われ、良晴は承諾するしかなかった。部外者である自分が、強く言いに出ることはできない。

 菊池を捕縛することが、京佳たちの目的であり、勝利条件であるのだから、彼女の意見も正しいように思われる。一度逃げられたら、次はいつ発見できるか分からない。

「それじゃ、この作戦でいきましょう」

「ああ」

「私はかまわないぞ。京佳ちゃんの言うことに従うよ」

「僕も、それでいいと思うよ。京佳ちゃんの実力なら、相手が何をしても、押し込められるだろうし」

 柳川さんは京佳を信頼していた。彼女の能力も、彼女の人格も。これは過信ではない。柳川さんは、京佳と共に数々の困難な状況を経験してきたのだ。それこそこの第五支部が設置される以前から。

 京佳が経験した出来事で、最も困難だったものは「鉄鋼の隊列作戦」だろう。この作戦は、他結社との抗争を早期に決着させるために発令された。たくさんの死者が出た最大級の抗争だった。基本的な教育を施された京佳は、この作戦に参加し、人を一人殺した。彼女にとっては初めての経験だった。水の銃弾により胴の大部分を消し飛ばされた死体は、京佳に生命の呆気なさを教えた。幼い京佳は人の死というものを理解していなかったが、死体を見て空虚さを感じていた。しかしこの死体は、抗争により発生した死体の一つにすぎないのだ。

 ここにいる三人の中で、京佳とのつきあいが一番長いのは、柳川さんだ。

 京佳が結社に入会したとき、彼女はまだ幼かった。一人の人間として不十分であったのだ。柳川さんは、そんな彼女のサポートを上層部から任されていた。以来、つきあいは五年にわたる。

 結社にとって入りたてのαを育成することは、重要な項目であった。αの所属は結社のブランドを輝かせるからだ。

 今の彼女に世話役は不必要だろう。けれども昔からの成り行きで、柳川さんと京佳は同じ支部に所属しているのだ。

「作戦は、二日後に実行しようと思うのだけれど……」

 京佳が話し合いを進めていく。

 今日は月曜日であるから、二日後は水曜日だ。

「柳川、私たちと一緒に来れる?」

「ごめんね。その日は仕事があって……」

「いつものことでしょう。気にしていないわ」

「あはは……」

「それじゃ、水曜日に三人で、菊池のところに行きましょうか」

「分かった。水曜日ということは、学校が終わったあとか?」

 良晴が確認をとる。

「ええ、そうなるわね。放課後、ここに集まってから向かいましょう」

 全ての事項が決まり、話し合いは終わりとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ