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流氷と月光  作者: 伊藤
14/26

2-7

 テニスコート近くで、風車が一基、くるくると回っていた。ぽつんと一基だけ……。他に仲間は見えない。

 白の機械は休むことなく回り続けている。

 良晴たちは、物陰に隠れるようにして、海岸を見張っていた。

 今度こそ逃さない。

「ちょっと、もう一四時一〇分じゃない。時間守る気あるのかしら」

「別に北沢と約束していたわけじゃないだろ」

「それにしても、一四時と書いたのだから、一四時に現れるべきだわ」

「んな無茶な」

 やっぱり神経質なのかもしれない。

 潮騒が快く耳に届いていた。この碧に果てがあり、大陸が存在しているなど、とうてい信じられない。遠くに船が一隻見える。船こそが世界の果てを知り、堂々たる外界の支配者なのだ。

 海の穏やかさに見守られていると、眠たくなってしまう。

「Zzz……」

「とこいー、おきろー」

「はっ……!」

 奈緒に揺さぶられて、良晴は目を覚ました。

「京佳ちゃんに見つかったら、殺されるところだったぞ」

 さすがに殺されはしないと思うが、ケチを付けられるのは間違いないだろう。彼女は、今、時間を守ってもらえずイライラしているのだ。とばっちりは御免だ。

 京佳は、やはり獲物を見つけ出そうと、周囲に注意を向けていた。

「あれ……」

 と京佳は、視線をある一点に集中させ、良晴たちに注意を促した。

 良晴が見ると、誰かがこちらに向かって歩いてくる。はっきりと細部まで見える距離にいなかったが、あれは菊池だ。

「来たか」

 良晴のつぶやきを聞いて、京佳はこくんと頷いた。

「捕えられる距離に来るまで待つのよ」

 焦りに負けて、逃げられてしまっては、元も子もない。

 菊池は、路面上を無駄な動作なく歩いており、棒が直立して辷っているように見える。

 だんだんと顔が確認できる距離まで近づいてきた。

 その顔は縦に長く、髭は剃られていた。骨ばった輪郭なのだが、目元ははっきりとしていた。そしてどこか明瞭な統一を持っていた。

 そう、あの顔だ、俺と一件起こしたのは。畜生、能力のことを考えると、野郎が憎くなってきた。一発ぶちのめしたい。

 怒りは唐突な侵略を起こし、良晴は物陰から飛び出した。

「あっ、バカ!」

 京佳が止める間もない。幸いだったのは、菊池との距離が捕まえられるまでにつまっていたことだ。

「おいコラ! お前俺のこと覚えているか。忘れたとは言わせねぇぞ!」

 目の前に飛び出した人影に、菊池は一瞬驚いていたが、すぐに元の冷徹さを取り戻した。

 しばらくの間、菊池は応えなかった。

 良晴が言葉による追撃をかけようとしたその時、放たれる言葉を押しとどめるように菊池が口を開いた。

「ああ、覚えている」

 と言い、彼は持っていた鞄をごそごそとあさった。

 身構えてみたものの、良晴は能力を使えないのだ。これでは意味がない。

 前に立つ影があった。京佳が、壁を作るように良晴に背を向けた。側には奈緒もいた。

「京佳ちゃんにまかせておけば大丈夫だ」

 奈緒が確信めいて耳打ちする。

 菊池が取り出したのは箱だった。手のひらに乗る大きさで、側面に約二センチメートル程の棒が、三本突き出している。

 菊池は、その濃い灰色の箱を手のひらに乗せ、存在を示した。

「ここにある能力の提供元だろう」

「それが『癒着した霧』なのね」

「君はあの組織の一員なのか」

「ええ、そうよ」

「ならば彼も?」

 菊池は良晴を顎で指した。

「いいえ違うわ。彼が能力を失ったのは、補助機の窃取を許した私たちの責任よ。なので、これ以上迷惑がかからないよう、保護しているの」

「真面目なのだな。大いに結構。それほど真面目でなければ、この機巧はつくれまい」

「いいから、それを返しなさい。今返せば、あなたを捕まえることはしないわ。本部からもそうするようにいわれてるの」

「素直に返すと思うか?」

「まさか」

「俺は、君に屈することもなければ、これを返すこともない」

 菊池は、箱を振ってみせた。

「力ずくで奪い返すしかないようね」

「いいのか? 俺は彼の能力を握っているのだぞ。この箱を壊せば、能力はどうなることやら」

「……卑怯ね」

「実戦に卑怯もへったくれもない。過程は評価されなく、結果でしか勝敗は決まらないのだ。君もあの組織に所属しているのなら、幾度かの実戦を経験しているはずだ。ならば、分かるだろう?」

「そうね……、これは実戦なのよね……」

 京佳は反芻するようにつぶやいた。実戦……実戦……。人を傷つけるのは、心地よいものではない。だが、やらなければ、こちらがやられる。それだけはなんとしても避けたかった。彼女の免罪符は仲間であった。流氷と月光の一員として、日本第五支部の支部長として、「管理者」という流氷と月光内の高階級者として、仲間を守るのが、彼女の第一の使命だった。

「こんちきしょう! 俺の能力返しやがれ、このスカポンタンめ!」

「余計なこと言わないでよ!」

「あだぁ!」

 京佳のチョップが、良晴の頭に炸裂した。

 真面目な話をしているのに、茶々を入れて……。スカポンタンはあなたよ。

「そうだ、いいものをみせてやろう」

 菊池は、箱についている棒を二本回してみせた。棒はつまみなのだろう。一本目はゆっくりと、二本目は大胆に回した。

「こんなものか」

「何をする気?」

「なんだ、この機巧のことを知らないのか」

「……ええ、詳しいことは知らないわ」

「ふふっ、そうか」

 菊池は含み笑いをした。

「なによ。馬鹿にしているの?」

 京佳には応えず、菊池は箱の蓋を突然開けた。

 箱から炎が吹き現れた。炎はただ火柱を作るだけで、京佳たちを攻撃しようとはしなかった。

「それは……?」

「これは、そこにいる彼の炎だよ。君たちが作った機巧は、能力子の摂取だけでなく、制御も可能としているのだ」

 やがて、火柱の勢いがおさまっていき、最後には消えてなくなった。菊池は、箱の蓋を閉じる。

「おお?」

「なんだ? どうかしたのか?」

 菊池が箱を鞄にしまうと、それにつられるように、良晴は変な声をあげた。奈緒は、訝しんで声をかけた。

「この感覚はもしかして……」

 良晴は手のひらを開閉させた。すると指先に火が点った。

「ぬおっ! やっぱり!」

 その火は間違いなく良晴のものだった。いつも共にいた彼の相棒だった。ということは、彼に能力が戻ったのだ。

「あれ……?」

 だが火は、これ以上大きくならなかった。これではδ−程度の力しかない。εは能力を現出させられないので、これでは最低クラスの出力だ。

「それ以上は戻っていないみたいだな」

「どういうことだよ……?」

「言葉そのままの意味だ。おまえに返した能力はほんの僅かだ。大半はまだ俺が持っている」

「にゃろう……。全部返しやがれ。じゃないと、ただじゃおかないぞ!」

「これ以上刺激しちゃダメよ」

 入りすぎた良晴の熱を冷まそうと、京佳が止めに入った。重要な場面でこそ、冷静にならなければならない。

「俺はこれにて失敬する。色々と忙しいのだ」

「逃げられると思っているのかしら」

「ふむ。素のままなら無理だな。だが、今の俺には、この機巧があるのだ」

 またつまみを調節する。

 箱から出てきたのは、先程とは比べ物にならないほどの大きな炎だった。

 意志を持った炎は迷うことなく、京佳に向かって突き進む。

 京佳はとっさに、片手を前へ突き出し、水の壁を作った。幅三メートル、高さ五メートルほどの、非常に大きな水壁は、京佳たちをすっぽりと覆い隠し、完璧な防壁となった。αだ。これこそαの力だ。このような巨大なものを現出させるエネルギーは、良晴や奈緒、そして柳川さんも持ち合わせていない。しかも一瞬で……。

 炎は水壁に直撃した。強大な力の前で、なんと無力なことだろう。放たれた炎は、表面を少し蒸発させるにとどまった。

 水壁を海上へ移動させ、制御から開放する。ザッパンと大きな音をたて、海水と混じりあった。

「菊池は?」

 京佳が大声を上げた時、菊池はこちらに背を向けながら、遠くを走り去っていた。

「奈緒!」

 促され、奈緒は逃げ去る彼を、念動力で制御しようと試みる。

「んんっ!」

 だが、離れゆく背中に変わりはなかった。遠い。遠すぎる。これでは、能力の効果範囲外だ。

 しかし、たとえ効果範囲内であっても、菊池を止めることはできなかっただろう。菊池の能力子が、奈緒の念動力の干渉を拒んでしまうからだ。そんな基本的な事項も、彼女たちは忘れていた。

「仕方ないわね! できれば、使いたくなかったのだけれど!」

 京佳は持ってきた都市の通気口を構え、狙いを定めた。

 筒全体が淡い水色に光り、射出音がシュッと鋭く鳴った。水の矢は風を切りながら、逃走する菊池に向かって飛んでいった。

 矢は京佳の狙い通り、菊池の足元に突き立ち砕け散った。京佳は、菊池の身体を狙わなくとも矢の衝撃だけで彼を制することができると考えていたのだ。

 矢の衝撃に菊池はよろめき、地面に倒れ込んだ。

 今だ! と京佳が駆け出そうとしたときには反撃があった。菊池の手元がキラリと瞬いた。慌てて京佳は水壁を張る。蒸発、霧散。

 素早く水壁を開放する。見えたのは菊池の背中だ、走りゆく背中……。

 良晴は、菊池を中心に捉えながら、めまいを覚えた。かすかなめまい、薙ぎ払えるほどのめまい、断片的になる風景。数回まばたきをし、これを払い除けた。

 段々と背中は小さくなっていき、角を曲がると完全に見えなくなった。

 静かに響く潮騒が、残された彼らを優しく包み込んだ。

 しばらくの間、彼らは、束縛された展示品のように、一歩も動けなかった。

「帰りましょう」

 永遠に続くかと思われた時間は、京佳の一言によって、静かにうち破られた。この一言は、これから訪れるであろういたたまれなさを払うための予防薬だった。

 彼女はギュッと拳を握りしめた。自身の不甲斐なさに打ちひしがれていた。だが、仲間がいる中で、みっともない姿はみせられない。なので、拳を握るだけにとどめた。爪の食い込みは、気にならなかった。

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