2-6
「さて、全員そろったわね」
仁王立ちになった京佳は、三人を見回すと、ホワイトボードに文字を書いていった。
木曜 一四時 テニスコート、海岸
「これが何を示しているか。そんなの明瞭よ。木曜日の一四時、テニスコート近くの海岸で、ということね。ここに行けば菊池に会えるわ」
今日は月曜日だ。木曜日までにはまだ余裕がある。
「何があるか分からない。なので、慎重に準備をしなくてはならないわね」
「準備ってなんの?」
良晴が口をはさむ。
「菊池と会うための準備よ」
「そんな準備なんか必要か?」
「当たり前じゃない。菊池は我が結社から補助機を盗んだ凶悪なクソ野郎なのよ。何をされるか分かったものじゃない。なので、その凶悪なクソ野郎から何されてもいいように、対策するのよ。この前、本部から届いた新しい補助機があるわ。それを持っていこうかしら」
「どんな補助機なんだ?」
「超すごい補助機よ。奈緒」
京佳が呼びかけると、奈緒は一番端のロッカーを開け、この前届いたという補助機を取り出した。
それは長さ八〇センチメートル程度の棒だった。よく見ると鉄パイプのように、中が空洞になっている。
「また変なもん取り出したな」
「変なもんって言わないで。これは立派な研究成果なのよ」
京佳に鉄パイプが渡る。
「この補助機の名は、『都市の通気口』。私の能力の発射台となるの。要は操水能力を強化する補助機ね。『癒着した霧』と比べると、まさに補助機という感じがするわ。試しに使ってみましょうか?」
「え? そんな気軽に使えるのか?」
「ええ、使えるわよ」
京佳は棒の一端を握り、先端を前へ突き出した。
少しの間を置き、鉄パイプが淡い水色に発光した。すると先端から水が、ニュルリとヘビのように這い出てきた。ヘビは複雑な迷路を描く。
「おお!」
「まだまだこれからよ!」
迷いに迷ったヘビは、やがてテーブルの上にあったコップを住み処とした。コップの底に触れた途端、形を崩しただの水となる。
鉄パイプから尻尾がみえた。尻尾も迷路を辿り水となった。
…………………………。
ああ、なんということだろう。コップから水が、溢れそうになっている。だが、溢れない。この絶妙な加減は……!
「この補助機は精度の強化に役立っているのよ」
京佳は、突き出していた鉄パイプを足元に下げた。
「さあ、常井くん、飲みなさい」
「別に喉乾いてな……」
「あなたのためにいれたの……。飲んでほしいな……」
くっ……。こんな時ばかり、かわいこぶりやがって。なにが上目遣いだ! くたばれアホ!
「ごくごくごくごく!」
「案外いい飲みっぷりね」
「京佳ちゃんの水は美味しいだろう」
奈緒は、京佳の水をよく飲んでいる。自分から飲もうとする奈緒に、京佳は厳し目の対応をした。お金を取ろうとしたのだ。初めてお金を要求されたとき、奈緒はすさまじい絶望に襲われた。そのまま倒れるほどだった。京佳は見かねて、コップ一杯の水を現出させ与えた。すると、奈緒はピンピンに生き返った。現金なものである。
「あんまり美味しくない」
良晴の言葉に空気が一瞬にして凍った。
「この前飲んだときは、味なんて分からなかった。けれど、今改めて飲んでみると……」
「と、常井くん。その辺で」
柳川さんが慌てて止めに入った。
「嘘よ……。私の水が美味しくないなんて……」
「悪かった。そうだ、北沢の水は美味しいぞ……?」
「嘘よ!」
「まあまあ、落ち着いて」
緩衝材の柳川さんは、二人を穏やかな状態に戻そうとした。
「もういいわよ! 菊池の話に戻るわ!」
「うん、そうしたほうがいいと思うよ」
京佳の投げやりな態度を、しっかりと受け止める柳川さん。
「そういえば、菊池の能力はどんな能力なのか分かるか?」
良晴は、菊池に関する情報を、全くといっていいほど持っていなかった。
「いいえ、それが分からないの。結社から送られてきた資料には、それほど重要な情報が載っていなかったから」
「そうか、ならいいんだ」
分からないと言っているのに、これ以上訊いても仕方がなかった。
「菊池を捕まえるといっても、できるだけ彼を傷つけたくないわね。平和的に解決できるようなら、それが一番よ」
「それはそうだが……」
と意見したのは奈緒だ。
「どうしてものときは、菊池を攻撃してもいいだろう? 攻撃しないと、こちらに危害が及ぶ場合とか」
「そうね。そのような場合は構わないわ」
菊池よりも優先すべきは仲間だった。
「柳川!」
「はい!」
「木曜日、柳川も行ける? 重要な局面になると思う。なのであなたにもいてほしいの」
「……申し訳ないんだけど、仕事があって」
まずいと感じながらも、柳川さんは正直に話すしかない。
「そう。ならしかたないわね。久しぶりにあなたの瞬間移動を味わってみたかったわ」
案外、爆発は起こらなかった。
となると海までの交通手段を、別に考えなくてはならない。まあこれは、当日適当に決めればいいだろう。
「それじゃ、木曜日、決着をつけましょう」