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流氷と月光  作者: 伊藤
11/26

2-4

 運良く二五階の客室をかりられた。空室がなかったらどうしようかと思った。

 このホテルは五〇階建てで、五階から四五階までが客室として割り当てられており、四六階から五〇階はレストランとなっている。

 ここからなら、双眼鏡をつかい薬局を監視できる。使用する双眼鏡を用意したり、監視の計画を立てたりと、いろいろ手間であったが、路上以外の場所が見つかり、良晴は安心していた。

 路上で張り込みをしたら、雨が降り、風が吹くと大変不快な事態になるし、もしかしたら不審者に間違われ警察のお世話になるしれない。不快な事態は、まあ……良くないが良しとしても、警察のお世話だけは絶対に御免だ。とてつもなくおおごとになる。

「ここの宿泊費っていくらなんだ?」

 部屋の内装や外の景色をみて、良晴は払うべき金額を知りたくなった。お高いのだろう。

「三人で一泊五万円よ」

 こともなげに京佳は言った。

「三人で一泊五万!」

「必要なお金は本部に請求するので、気にしなくていいわよ」

 そう言われても……、五万って……、五万って……。

「何泊するんだ?」

「ひとまず一週間いてみましょうか」

「六泊……、三〇万……」

 途方もない金額に良晴は気分が悪くなった。一万円もらえれば跪きさえするのに、その三〇倍って……。

「私たちの金じゃないんだから、気を抜いたほうがいいと思うぞ。ぬはははは」

 こんな時ばかり上機嫌になりやがって。

 奈緒は大変な守銭奴なのだ。

「ひっ、ひっ……。三〇万だ! 三〇万だぞ! ぬははははは!」

「よくそんな楽しめるな……。俺は神経衰弱に陥りそうだよ」

「このふかふかベッドに、タダで泊まれるんだぞ。最高じゃないか。ふははははは!」

 彼女の高笑いはなかなか収まらない。

 うるさいほど響かせやがって。病気なんじゃないか?

「この患者はほっといて。……本当に泊まるのか?」

 京佳に言われるがまま、旅行鞄に着替えやらなんやらをつめてホテルへやってきた。しかし彼女らと同室で寝泊まりするのは、なんというかその……。な? 良くないだろ。

「何言ってるの。当たり前じゃない」

「俺も?」

「そうよ。別に性別なんて気にしなくてもいいのよ。同室で寝るなんてどうってことないわ。でも、変なことしちゃダメだからね」

「しねーよ」

 彼女に考えを見抜かれていた、というのはもちろん、そのおおらかさに驚いた。こういってはなんだが、彼女は神経質そうに見えるのだ。「男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて言語道断よ。あなたは廊下にでもいなさい。必要なときだけ呼んであげるから」と言われるかと良晴は思っていた。

 良晴が双眼鏡を覗いてみると、監視対象がよく見えた。人の往来がすぐ側に感じられ、その映っている像に触れてみたくなる。手をのばすと、窓ガラスの冷たくしっかりとした感触が指先に伝わった。

 ゆっくりと双眼鏡を下ろした。

「どう? きちんと見えた?」

 準備した双眼鏡は満足なものであったか、京佳が訊いた。

「ああ、ばっちりだ」

「ならよかった。合わなかったら、また本部に要求しなくちゃいけないでしょう。そんな無駄なことしたくなかったのよ」

 この双眼鏡は、本部から瞬間移動で送られてきたらしい。

 瞬間移動を使うには、送信者は送り先の場所をイメージしなくてはならない。そのため、本部の送信者は、このホテルに直接双眼鏡を送れない。写真や住所など、様々な情報が提供され、イメージが可能となった結社の施設にしか双眼鏡を送れないのだ。つまり、受け取るには、支部に戻らなくてはならない。

 ドイツの本部から日本第五支部に、この約四〇〇グラムの双眼鏡を送るのは、それほど難しくない。クラスγの瞬間移動者にも可能である。——さすがにδには不可能であるが。——

 γとδの間には、二〇パーセントの壁が、高くそびえ立っているのだ。

 一時間交代で見張りを行うことに決まった。

 番の終わりと共に良晴は、腕の痺れを意識した。感覚の鈍い腕を振ってみるが、痺れはなかなかとれなかった。

「うう……。これなかなかつらいわね」

 京佳は番を終えると、うめきをもらした。支部長様もこれはこたえるみたいだ。

「ほら、常井。次はお前の番だぞ」

 奈緒は顔色一つ変えていなかった。なんとも涼しい顔で、良晴に双眼鏡を渡した。

 けっ、これだから念動力所持者は! 疲れたら宙に浮かせやがって!

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