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運良く二五階の客室をかりられた。空室がなかったらどうしようかと思った。
このホテルは五〇階建てで、五階から四五階までが客室として割り当てられており、四六階から五〇階はレストランとなっている。
ここからなら、双眼鏡をつかい薬局を監視できる。使用する双眼鏡を用意したり、監視の計画を立てたりと、いろいろ手間であったが、路上以外の場所が見つかり、良晴は安心していた。
路上で張り込みをしたら、雨が降り、風が吹くと大変不快な事態になるし、もしかしたら不審者に間違われ警察のお世話になるしれない。不快な事態は、まあ……良くないが良しとしても、警察のお世話だけは絶対に御免だ。とてつもなくおおごとになる。
「ここの宿泊費っていくらなんだ?」
部屋の内装や外の景色をみて、良晴は払うべき金額を知りたくなった。お高いのだろう。
「三人で一泊五万円よ」
こともなげに京佳は言った。
「三人で一泊五万!」
「必要なお金は本部に請求するので、気にしなくていいわよ」
そう言われても……、五万って……、五万って……。
「何泊するんだ?」
「ひとまず一週間いてみましょうか」
「六泊……、三〇万……」
途方もない金額に良晴は気分が悪くなった。一万円もらえれば跪きさえするのに、その三〇倍って……。
「私たちの金じゃないんだから、気を抜いたほうがいいと思うぞ。ぬはははは」
こんな時ばかり上機嫌になりやがって。
奈緒は大変な守銭奴なのだ。
「ひっ、ひっ……。三〇万だ! 三〇万だぞ! ぬははははは!」
「よくそんな楽しめるな……。俺は神経衰弱に陥りそうだよ」
「このふかふかベッドに、タダで泊まれるんだぞ。最高じゃないか。ふははははは!」
彼女の高笑いはなかなか収まらない。
うるさいほど響かせやがって。病気なんじゃないか?
「この患者はほっといて。……本当に泊まるのか?」
京佳に言われるがまま、旅行鞄に着替えやらなんやらをつめてホテルへやってきた。しかし彼女らと同室で寝泊まりするのは、なんというかその……。な? 良くないだろ。
「何言ってるの。当たり前じゃない」
「俺も?」
「そうよ。別に性別なんて気にしなくてもいいのよ。同室で寝るなんてどうってことないわ。でも、変なことしちゃダメだからね」
「しねーよ」
彼女に考えを見抜かれていた、というのはもちろん、そのおおらかさに驚いた。こういってはなんだが、彼女は神経質そうに見えるのだ。「男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて言語道断よ。あなたは廊下にでもいなさい。必要なときだけ呼んであげるから」と言われるかと良晴は思っていた。
良晴が双眼鏡を覗いてみると、監視対象がよく見えた。人の往来がすぐ側に感じられ、その映っている像に触れてみたくなる。手をのばすと、窓ガラスの冷たくしっかりとした感触が指先に伝わった。
ゆっくりと双眼鏡を下ろした。
「どう? きちんと見えた?」
準備した双眼鏡は満足なものであったか、京佳が訊いた。
「ああ、ばっちりだ」
「ならよかった。合わなかったら、また本部に要求しなくちゃいけないでしょう。そんな無駄なことしたくなかったのよ」
この双眼鏡は、本部から瞬間移動で送られてきたらしい。
瞬間移動を使うには、送信者は送り先の場所をイメージしなくてはならない。そのため、本部の送信者は、このホテルに直接双眼鏡を送れない。写真や住所など、様々な情報が提供され、イメージが可能となった結社の施設にしか双眼鏡を送れないのだ。つまり、受け取るには、支部に戻らなくてはならない。
ドイツの本部から日本第五支部に、この約四〇〇グラムの双眼鏡を送るのは、それほど難しくない。クラスγの瞬間移動者にも可能である。——さすがにδには不可能であるが。——
γとδの間には、二〇パーセントの壁が、高くそびえ立っているのだ。
一時間交代で見張りを行うことに決まった。
番の終わりと共に良晴は、腕の痺れを意識した。感覚の鈍い腕を振ってみるが、痺れはなかなかとれなかった。
「うう……。これなかなかつらいわね」
京佳は番を終えると、うめきをもらした。支部長様もこれはこたえるみたいだ。
「ほら、常井。次はお前の番だぞ」
奈緒は顔色一つ変えていなかった。なんとも涼しい顔で、良晴に双眼鏡を渡した。
けっ、これだから念動力所持者は! 疲れたら宙に浮かせやがって!