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田所薬局は、ビルとビルとの間にひっそりと佇んでいた。小さくてボロい見た目をしている。両側のビルが高いので、コントラストがひどく、小さいくせに目立っていた。こんな見た目でも、客はそれなりに入っているらしい。
「この人物を知っていますか?」
入店早々、京佳は店の奥にいたおじちゃん店主に歩み寄っていき、事の核心をついた。
「え? この人ですか? そうですね、知っているような、知らないような」
「どちらなのでしょうか?」
「ちょっと待っててくださいね。今思い出しますから。うーーん……」
チクタクチクタク。
時ばかりが過ぎてゆく。
「あのおじいさん大丈夫かしら? 同じ姿勢のまま固まっているわ」
京佳が、おじいさんには聞こえぬようコソコソと、良晴に話しかけた。
「大丈夫だろ、しばらく待ってやれ」
コソコソ返す。
こんな小さな店に、大勢が入ったら迷惑だろうと、奈緒は外で待っていた。柳川さんは今日も仕事だ。ご苦労様です。
「うーーん、うーーん」
「もう無理ね、思い出さないわね」
「そう諦めるなよ。もうちょっとだ。たぶん」
コソコソコソコソ。
「あっ、そうそう、思い出しましたよ」
おじちゃん店主が、はたと顔を上げた。
「ほら、思い出したってよ」
「どうせ、『今日の夕食はカレーでしたね、材料買ってこないと』とかいうオチでしょう。関係ないことを思い出されても困るのよ」
マイナス思考すぎるだろう。これで予想通りなら最悪だな。ますます深みにはまっちまう。
「この人ならね、この前いらっしゃって、ソーマを五グラム買っていきましたよ」
ソーマとは、昔から常用されている気分転換剤だ。服用するとモヤモヤした気分が吹き飛ぶらしい。だが、この薬を服用しているのは、ごく限らせた人間だけだ。というのも、なんとも素晴らしい薬なのだが、この薬の効用を得るためには適性が必要で、適性のない人間が飲んでも効用はあらわれないのだ。そして大半が適性のない人間なのである。
良晴に適性はなかった。
「他になにか知っていることはありますか?」
「うーん、ないね」
「そうですか……」
「それはそうと、あんたらなんだい?」
「へ? いや、その……」
とっさに答えを用意できず、京佳は言いよどんでしまった。結社の活動を他人に話してはならないと、会則で規定されているので、他にうまい答えを用意しなけばならない。
良晴も事情を承知していた。なので、なんでもない表情をしながらも、内心はドキドキしていた。
頼む。変に怪しまれないでくれ。どうか彼女にいい答えを!
「私たちはあの人にカツアゲされてしまいました。なので復讐する機会を、今か今かとさぐっているのです」
なんだよそれ、カツアゲって……。どっからそのストーリー引き出したんだよ……。
「あっ、そうなんですか〜」
店主は、驚愕も同情もなく平坦にあいづちを打った。
なんで納得してんだよ! おかしいだろ! あからさまにおかしいだろ! カツアゲされてんのに、あとを追う勇気があるかっ! そんな勇気あったら、カツアゲなんかされんわ! いや、そうじゃなくても不自然だろ! なんでもかんでも適当言いやがって! 畜生!
薬局を出て、雑踏のなか奈緒を捜す。彼女は歩道わきのベンチに座り、空を見上げていた。その表情はどこか憂いを帯びていた。こんな顔もするのだな思い、良晴はこれまでの日々が崩れ去るような感覚におそわれ、少し恐ろしくなった。
恐怖を打ち消すように、彼女へ話しかけた。
「なに見てたんだ?」
「おうぉ! いきなり話しかけるな。びっくりするじゃないか」
奈緒はビクッと体を震わせ、恨めしそうに彼を見上げた。だがすぐに、目元は慈しむように変わった。
「何か分かったのか?」
「大した収穫はなかったわ。菊池がソーマを買ったってことぐらいしか、情報を得られなかった。他には何も」
背後にいた京佳が、ひょこりと顔を出して答えた。
「ありゃ、それは残念だったな」
「これからどうすんだ?」
これでもう当てはなくなった。また支部に戻って案出しか?
お座りしてあーだこーだ考えるより、実際に動き回ったほうが、良晴にとっては気が楽だった。
「そうね。菊池はまた薬局に来るかもしれない。なので張り込みをしましょう」
なんだか本格的だな。……これは遊びじゃなので当たり前か。自分の能力がかかっているので本格的で結構。本格的、ばんざい!
「どこでするんだ?」
菊池がいつ現れるか、そもそも現れるかも分からないのに、外で張り込みをするのは酷だ。室内で待っていたほうが良いだろう。
周辺に長時間滞在できそうな施設はない。なんだかよくわからない建物ばかりが並んでいる。勝手に入るわけにはいかないだろう。
「それはこれから決めるの。どこがいいかしら」
京佳はぐるりと周囲を見回してみたが、やはり良晴と同じ考えに至ったようだ。
「どこがいいのか全然思い浮かばないわ……」
「俺もだ」
二名撃沈。
残る望みは奈緒だけだ。二人はすがるように彼女へ顔を向けた。
「あそこなんてどうかな」
さすがです奈緒さま。我々の頭回らないところを補っていただき、本当にありがとうございます。
彼女が指差したのは、遠方に見える高層ホテルだった。