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2話


 ルチアとアーサーの婚約はその後、問題なく継続されていった。

 時々、ルチアへの思いが重すぎるが故に暴走するアーサーを見て、ルチアは婚約破棄を考える日もあった。しかし周囲の必死の説得とアーサーからのしつこいくらいの謝罪と愛の囁きにうんざりして――ほだされて許してきた。

 そんな二人も来年には成人として認められる18歳である。長い婚約期間を終わらせて、一年後には結婚式を挙げる。その準備で最近は忙しくしていた。特にアーサーの張り切り様は凄くて、花嫁であるルチアをそっちのけで真剣に準備に参加していた。


 そんな時、王城に不穏な知らせが舞い込んできた。


 ルチアたちが住むラージア国と直接は関係ないが、とある王国で一つの珍事が起きたというのだ。

 その内容は王族の婚約者の断罪的措置による婚約破棄。そして地位の低い貴族令嬢との婚姻関係の再構築というものだった。

 婚約破棄自体は珍しいものの、ありえないことではない。しかしその内容が問題だったのだ。

 王族の人間が公衆の面前で婚約者の悪事を告げ、反論や贖罪の機会を与えずに一方的に破棄を宣言。さらにその場で別の女性と新しく婚約を結ぶと叫んだらしい。

 滅多にない珍事――しかも王族が起こした事件に国中がその話で大盛り上がりになった。それこそ、遠く離れたラージア国でも話題になるほどに。

 しかし所詮は大きな川と山をいくつも挟んだ別国のことである。すぐに人々の記憶からこの話題は消え去った。

 ルチアとアーサーも話を聞いたときはそんなこともあるのか、と思ったがすぐに日々の生活に追われて忘れていった。しかしすぐに思い出すことになる。

 別の国で王族の婚約破棄が起こったと聞いたのだ。


「……それはグリンデール国のことではないの?」

「俺もそう思って聞いてみたけど、どうも違うらしい。シルナ国で起こったことだって言うんだ」

「まぁ……」


 アーサーの言葉にルチアは目を見張った。シルナ国はラージア国から離れているが、貿易協定を結んでいる国の一つである。

 そして最初に婚約破棄事件が起こったグリンデール国よりはラージア国に近い位置づけにある国だった。


「今回も王族の方が断罪したの?」

「円満に婚約解消したと聞いている。しかし……」

「気になることでも?」

「男爵家の令嬢と婚約を結び直したらしい」

「あら……」


 不思議な偶然もあるものね、とルチアは驚きの声を漏らした。

 一方的な婚約破棄をしたグリンデール国とは違い、シルナ国は円満に解消したようだが、その後が問題だった。両国とも、最初の婚約者よりもはるかに身分の低い令嬢と婚約を結び直しているのである。それも王族からの強い要望で。

 どちらも下位とは言え、貴族の令嬢なので周囲も納得して、婚約者の交代を受け入れているのだろう。しかしここまで同じだと、少し作為めいたものを感じるものだ。


「またあるかもしれませんよ?」

「ん?」

「別の国で婚約破棄騒動が」

「さすがにそんなに頻繁には起こらないさ。一応、醜聞に値する行為なのだから」


 アーサーが肩をすくめて紅茶を手に取る。それを聞いてルチアも納得した。

 婚約破棄ははっきり言って醜聞だ。最終的な手段と考えるべきである。そう簡単に連続して起こるものではまずない。


 ――と、思っていたがすぐに甘かったと認識を改める事態となった。

 その後も国を変え、身分差の形を変え婚約破棄騒動は起こったのだ。

 王族と貴族の婚約破棄だけでなく、上位貴族同士の婚約破棄も起こった。さらに婚約を結び直す相手も多岐に渡り始める。下位貴族に留まらず、大商会の令嬢や地方地主の娘などもその相手になり始めたのだ。

 つまり貴族や王族と庶民の身分違いを超えた大恋愛である。この話に吟遊詩人はすぐに乗っかり、こぞってあちこちで歌い語った。また文筆家たちがこのラブロマンスを美しく書き出し、世に発信したのだ。

 こうして庶民から貴族まで誰もが知る美しいシンデレラストーリーが誕生した。


 ついこの間、大河を挟んで隣国の王族と庶民の娘が婚約した、と聞いたときルチアは密かに覚悟を決めた。


「ついに私の番が来たんだわ」


 隣国の婚約破棄の話を聞いたルチアがそうポツリと呟く。それを近くで聞いたマーサの眉が困ったように歪んだ。


「本気で思ってます?」

「……思っているわよ」

「姫様、この状況でよくそう思えますね」

「…………」


 ルチアは現在、王城のティールームに軟禁中である。何故かというと、3時間おきにルチアの顔を見ないと発狂すると公言しているアーサーが、ルチアを探して執務を投げ出して逃亡しないようにするためである。

 アーサーは頭も良く思慮深く、さらに剣術も一定以上のレベルを修めている。しかしルチアが絡むとポンコツ以下となり下がるのだった。

 今もきっちり3時間おきにルチアの顔を見に来て、ルチアを愛でて可愛がり、ルチアからの「仕事をしている姿、素敵ね(棒読み)」の言葉を受けて矢のように執務室に戻って仕事をする、という行為を繰り返している。


「……確かにアーサーに関しては、一連の婚約破棄騒動のようにはいかないかもしれないわね」

「かもしれない、ではなくありえないです。殿下は絶対に婚約破棄なんてしませんよ。もちろん婚約破棄をさせることもないと思いますよ」

「そうかしら……」

「言い切れます! だって殿下はラージア国の王族ですから!」


 その言葉にルチアの顔が軽く引きつる。その言葉の意味を正しく理解した時、ルチアは己の運命がとっくの昔に確定していたことを知ったのだ。

 

 ラージア国は建国以来、一度も王朝が交代したことはない。国が建立してから現在までディエリング家が国を守ってきた。そんなディエリング家には大きな特徴がる。ある意味で呪いともいえる特徴が。

 ディエリング家は一目惚れ体質なのである。そして一度惚れると、他には一切目を向けなくなる。あらゆる手を使い、相手を掌中に収めることにまい進する。そして手に入れた後は甘やかし可愛がる。つまり溺愛するのだ。

 話だけ聞くと、素敵! なんて言う人もいるが一目惚れされた方は堪ったものではない。あらゆる手を使って捕まえに来るのだ。逃げても逃げた先で待ち構えていることもある。もはや恐怖である。

 しかし今まで一度も問題にはなっていない。相手に無理やり結婚を承諾させたという記録も記憶もないので、最後には円満に結婚しているのだ。

 さらに一目惚れ相手に問題があったこともない。不思議と釣り合いの取れる良家の子女が選ばれるのだ。

 これを呪いと言わずして、なんと言うのだろうか。

 ルチアも例に漏れず、身分的にも年齢的にも釣り合いの取れる女性だ。それ故にルチアはわずか5歳で婚約者となった。

 なにより一目惚れしたディエリング家の人間がその相手を逃がすはずがないので、とっとと婚約者にしてしまおうという話があったとかなかったとか……。

 きっかけはともかく、ルチアはアーサーのことが好きだし、婚約者になれて良かったと思っている。愛のつり合いは間違いなく取れていないが、それは今後頑張って改善していく予定だ。

 そんな中で聞いた婚約破棄騒動である。しかも伝播するように国を越えて広がっている。ついに隣国でも起こったと聞くと、嫌でも最悪の想像をしてしまうものだ。


「アーサーに限ってそんなことはないと思うけど、でも万が一ということもあるし、ねぇ」

「うーん……殿下が姫様に婚約破棄を宣言なさるんですか? 想像できませんね。婚約破棄されそうになって泣いてすがる殿下の姿なら想像できるんですが……」


 マーサの言葉に部屋に居たほかのメイドや近衛が大きく頷いた。ルチアは賢明にも見ないフリをしたが。


「それに王族が婚約破棄するってわけでもないみたいですし、もしかしたら別の婚約カップルが破棄、ってことになるかもしれませんよ」

「それはそれで、あまり嬉しくはないのだけど」


 自分が破棄されなかったら、だれが破棄されても良いとは思えない。それでもマーサが慰めようとして言ってくれたことが分かったので、ルチアは微笑んでお礼を言った。




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