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(8)

 水はくさくて汚くて最悪だった。


 ちょうどひざ下くらいの流れは緩やかだけど泡だの油だのが浮いている。しかも一歩踏み出すごとに妙にぬるっとしてふかふかとして、何が自分の足の下にあるのか考えたくもない。これが犬系獣人の多い警官をまく唯一の方法なんだ、と猫は言った。


「やつらは暗いところで目が見えねえ。近眼だしな。でも鼻でみてやがるんだよ。だからな、道路をいくら速く走って、いくつ角を曲がったってあいつらは追いかけてこれるんだよ。地上を逃げたってダメだ」


 だからって下水道に潜るこたあねえだろう、とストライクは思った。


 矢が刺さったままの足は冷たくて自分の足じゃないみたいだ。ズボンがびっしょりと濡れているが、それがこの下水の水でなのか自分の血でなのかわからなかった。どっちにしろ不衛生なこと極まりない。


 黒服の男は文句の一つも言わずに肩を貸してくれていた。でも無事な方の左の足ももう思うように動かない。水が重い。さっきからかちかちと歯が鳴って仕方がない。震えているのだ。


 そんなに寒いかな。


 わからない。彼が追いかけてきていそうだから震えているのかもしれないし、本当に単純に寒いのかもしれない。全然わからない。


 それにしてもまさかこんなことに巻き込まれてる最中に見つかるなんてね。


「おい、大丈夫か?」


 黒猫が顔を覗き込んでくる。

 頼む。前に立たないでくれ。立ち止まるのがおっくうなんだ。


「……だいじょうぶ……す、進んでくれ。はやく」


 口がうまくまわらない。歯の根が合わない。

 右の足だけどくんどくんと言っている。ここだけ火がついてるみたいだ。出血はだいぶひどいんだろうか。

 肩が潰れて死んだやつを知っている。傷自体は死ぬほどじゃなかったのに、血が出すぎて死んだ。顔色が石膏みたいに白くなってた。死ぬ前は指先がもう死んでた。冷たくて。


 黒服の男の肩に回された自分の左手を握りこんでみる。力が入らなくて指が少し動いただけだった。でもまだ手のひらがほんの少し温かいのがわかった。まだたぶんだいじょうぶ。


 だいじょうぶだいじょうぶ。


 自分がどこを歩いているのかふっと忘れた。かたんと体が崩れるたびに男が体を立て、猫が顔を引っぱたいてきた。

 出たら顔が引っかき傷だらけじゃねえか。


 出られたらだけど。


「……しだから……れ……」


 黒猫が何か言っている。よく聞き取れない。

 だいじょうぶ。だいじょうぶだよレイン。

 なんとかやっていけるよ。


「大丈夫?」

「だ……いじょぶ……」


 全然大丈夫じゃないけど。


「レイ……ン」



 寒いね。雨が降ってるんだ。



 ぼくたちもう死んじゃうのかなあ。


 だいじょうぶ、待っててレイン。

 だいじょうぶだよ。


「しっかりしろよ!」


 猫パンチが来て我に返った。さすがに痛かった。これは確実に流血している。顔も。視線がぐらぐらしている。遠近感がおかしくなっている。地面が動いているみたいだ。ストライクはちょっと頭を振って焦点を合わせた。


「あの……こんな時にこういうことを伺うのは大変恐縮なんですが」

「んだよ……」


 黒服の男が前にじりじりと進みながら言った。


「こういう時って痛みを感じないって本当ですか?」


「痛えよ‼︎」


 こいつ一回死ねよ 

 と思ったけど、そこまでだった。 





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