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百合の強い香りがした。
ふかふかとした芝生は思い切り陽光を吸って、暖かい草の露のにおいをさせていた。ハロウは小ぶりな、白い石でできたお墓にまっすぐ歩いて行った。
「本当の最後の人は君だね」
墓石にはくっきりと名前と、その短い生涯とが刻み付けられていた。
リリィ・エウリディク A.D.2715-2727
ハロウは持ってきた白い百合の花束と、一冊の本をそっとその墓石の前に置いた。いろいろなことを言いたかった。
もっと生きていてほしかった、君に読んでほしかった、君に救われた気がする、ずっと前から、君のためだけに生きていたような気がする、もっと君が生きているうちに、たくさんのことをしてあげられたような気がする。君がやり残したと僕が思ったことをやって、僕が満足するだけの旅だったような気がする。君を探す旅だったような気がする。もう何もしてあげられない。君はもういない。どこにもいない。
どこに行っても何をしても、二度と君に出会うことはない。
「リリィ。僕はもっと君と真剣に対峙しなくちゃいけなかった。君が生きて存在しているうちに。君といる時間を、なんとなく過ごすべきじゃなかった。でも僕は自分を信じられなくて、君を受け止めることに自信がなくて、ずっと逃げたままだった。そして君は死んでしまった。そこでやっと僕は僕の姿が見えたんです。そんな自分の存在があまりにくだらなくて、恥ずかしくて、死のうと思ったけれど、うまくいきませんでした。
それに、あなたが好きだった詩人本人が自分自身をくだらないと思っているだなんて、あなたに失礼ですよね。そのことに、死にそうになるまで気が付きませんでした。こんな僕を、好きになってくれてありがとう」
ハロウは右手に持っていたかばんから、ねじを回してゼンマイをひねり、銀色の小箱を取り出した。
「これは僕の宝物です。大切にしますね」