(3)
扉はどうしても開かなかった。ハロウは一つため息をついてアルフを振り返った。
「しょうがない」
3度目の訪問だった。P.Pの情報によれば、教会の管理者が変わったという形跡はないはずだったので、イグナシオは自分の意思で出てこないのだろう。
「あきらめよう。俺たちに合わせる顔がないと思ってるのかもしれないよ」
毎回ハロウの訪問に付き合ってきたアルフは、そう言ってとんとハロウの肩を軽く叩いた。
「会いたくないと思われてるんだったら、しょうがない」
「そうですね……」
「いいじゃん、自分で渡して歩かなくても」
車に向かって歩き出したアルフの後ろを、ハロウは追いかけながら、もう一度だけ教会を見上げた。教会はやはりひっそりと黙り込んでいた。
「何か言いそびれた気がするんです。ちゃんと顔を見て話したいことを」
「まあ、他の手段を考えるしかない。変装するとかな」
アルフが肩をすくめてにやっと笑った。ハロウもつられてほんの少し笑った。
イグナシオはこのようにして一切会ってくれなかったので、ハロウは一通の手紙と供に、二冊のハロウの本を小包にして教会に送ることにした。白い便箋に向かうと、イグナシオになぜ会いたかったのか、なんと言いたかったのか、全く形になってくれなかった。だからハロウは思ったままを正直に書くことにした。どうせ会ってもらえないのだ。何を書いてどう思われたって、これ以上悪くなることもないだろう。
拝啓 イグナシオ様
初夏の新緑も青さを増し、日に日に太陽の光が強くなります。もう夏ですね。あれから半年ばかりが過ぎましたが、いかがお過ごしでしょうか。何度かあなたの教会を訪ねましたが、あいにくお会いできず、残念でした。
僕があなたの教会を訪ねたのは、今回の、ストライクと、チップと、P.Pたちと、そしてあなたとの、僕のわがままから始まった冒険を書きとめたものが本になったためでした。
僕は、昨年末のある日、これまでの人生のうちで、自分の力で成し遂げたものが何一つなかったことを思い、僕の部屋の窓ガラスから飛び出しました。そして死ぬまでのうちに一つくらい何かしようと思いました。それが、出会ったあらゆる人を巻き込んで成し遂げられたことに、心から申し訳なく、また、ありがたく思います。その気持ちを、うまく伝えられなくても残したかったのです。
そのために、僕は今回のことで知り合い、また、本に登場したすべての人に、完成した本を手渡していました。あなたが最後の一人です。よろしければ、お受け取りください。
あなたにはたくさんのご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思います。僕があなたのところに飛び込まなければ、あの聖櫃の秘密が暴かれるようなこともなかったかもしれません。僕にはあなたの気持ちを推し量ることさえできないのです。あなたの平穏を乱したことについて許しを請うことすら、失礼であるような気がします。
ただ一つだけ、お知らせしたいことがあります。
ストライクのことです。
彼は今、盗みを一切やめ、ある所で彼の兄弟と静かに暮らしています。
神様はいなかったかもしれません。教会は兵器を隠蔽するためのカムフラージュであり、信仰は副産物だったのかもしれません。それでも、あなたの言葉は
ハロウはここまで書いて、自分の文章の傲慢さにうんざりした。僕にはイグナシオに何かを教えることなんかとてもできない。そんな権利は一つもない。神を信じたこともない、自分の命の意味もわからない人間には、どんな人の何を指摘することも、ひどく身の程知らずなような気がする。ハロウはくしゃくしゃと便箋を丸めて、もう一度書き直した。なるべく丁寧な字で、ゆっくりと。
拝啓 イグナシオ様
もうすっかり夏となりました。お元気でしょうか。
さて、僕は、あなたや多くの人々と出会った半年前の出来事を本にしました。よろしければお読みください。
ストライクは今、泥棒を辞めて、静かに幸福に暮らしています。僕はそのことを、あなたの起こした奇跡の一つだと思います。神様というものは存在しないかもしれませんし、罪とそうでないことの境目も定かではありませんが、あなたが誰かを幸福にしたということは、本当に実在します。僕はそのことをすばらしいと思い、あなたを尊敬しております。
ジョーによろしくお伝えください。いつかお会いできる日が来れば幸いです。
敬具
ハロウ・ストーム