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(1)

 しばらくの間があった。風がひとわたり広い広いその草原を吹き抜けていった。


 ハロウはなんと言ったらいいのかわからなくて、空と緑の無限の草と廃墟の瓦礫たちを灰色の目でひととおり眺めた。P.P3062号とP.P3065号は黙っていた。やがて3062号の方が口を開いた。


「このメッセージを私に吹き込んだ後、Dr.A.Aは私の意識をシャットダウンしました。私の意識が回復したとき、既にDr.A.Aは甦生不能の状態であり、軽度の腐敗が始まっていました。私とDr.A.Aの共通の記憶領域には、Dr.A.Aの遺体への指示がありましたので、私はその指示に従い、Dr.A.Aの遺体に処置を施し、消滅を確認しました」


 ハロウはP.Pたちへ視線を移した。P.Pたちは揃って無表情な横顔で目の前の草原を見ていた。P.P3062号はそのまま話を続けた。


「私にもそのメッセージの内容は理解できました。また、これ以上フィリップ・オリジナルのクローンを、つまり、P.Pを作る必要がなくなったことを認識しました。

 そこで、フィリップ・オリジナルの記憶を記録中であった3065号への記憶の書き込みを中止し、覚醒させました。3065号にはフィリップ・オリジナルの断片的な記憶しかありません。しかし」


 P.P3062号はそこまで言うとくるりとハロウに顔を向けた。悲しみも喜びもない、人形のような白い顔だった。


「私はわかりました。たとえフィリップ・オリジナルの記憶を私と同じように3065号が記録し終えたとしても、私と同じにはならないだろうと。ストライクさんとストレインさんを見てそれが理解できたのです。彼らは同じ境遇で育ち、同じ遺伝子を持っています。同じ記憶と同じ肉体を持っているにも関わらず、彼らは違う。私たちもそうに違いないと。


 私がフィリップ・アンテノワではないように、このまま記憶を完全に移植したとしても、3065号は私ともフィリップ・アンテノワとも違う人間になるでしょう。だからこれ以上記憶を植えつけることは無意味だと思いました。


 彼は知らないことだらけです。私と3065号の共通の知識や経験はほとんどありません。でも、それでいいのだと思います。彼と私は、結局違う人間なのですから」


 3065号は軽く駆け出し、何か見つけたように緑の大地に飛び込んでいった。そしてその表情がやっと確認できるくらいの距離まで行くと、振り向いてこちらを見た。まるで子犬が飼い主を確認するみたいに。普通の子どもが、自分を見守る親に手を振るみたいに。


「私は」


 3062号のP.Pが3065号のP.Pをまぶしそうに見ながら、もう一度話し出した。


「フィリップ・アンテノワにずっとなりたかったのです。自分はフィリップ・アンテノワであると思いたかったのです。だからDr.A.Aにフィリップ・アンテノワとの違いを指摘されると混乱し、フィリップ・オリジナルを憎みました。そうですね。憎んでいたのです。でも今はもう」


 ハロウはP.P3062号が大人びた目をしていると思った。半年で実際に成長したのかもしれないし、この陽光のせいかもしれなかった。


「Dr.A.Aはあなたを愛していたのですね」


 ハロウが言うと、P.P3062号は少しだけうつむいて目を伏せた。


「私が考えていたよりも、評価していたのですね。私はDr.A.Aの最後の失敗作だと……思っていました」

「あなたもDr.A.Aが好きだったでしょう」


 あのくそじじいがね。ハロウは余計な、そしてあまり品のない一言を口の中に押しとどめた。嫌味で高飛車で傲慢な人だったけれど。


 今になって、友達になれそうでしたとは、Dr.A.Aに失礼すぎて言えないけれどね。


「あれほど…………なんというか、自分に正直だった人はいない」


 ハロウがそう言うと、P.Pは目を伏せたまま、小さな声で「尊敬していました」と言った。目を覚ましたアルフが小さなP.Pに近寄って、膝をついて腕を広げた。P.P3065号がアルフに静かに歩み寄り、緑色のアルフの髪の毛に手を突っ込んでぐいと引っ張るのが見えた。


「ときどき、Dr.A.Aの回路に繋いでみるんです」


 P.P3062号は表情を変えなかった。風に吹き飛ばされそうなとても小さな声だったが、ハロウには届いた。


「いつ繋いでも、もう何も聞こえない」






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] すれ違ったり、歩み寄り切れなかった人たちが、時間をかけて、少しづつ近づいているの、いいですね。 突飛でない、丁寧な人間関係がすごく素敵です。
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