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ハロウ・ストームの冒険 色烏飛行  作者: 白遠
それではみなさん
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(5)

 黒い猫はハロウの持ってきた本を首をかしげながらぱらぱらとめくっていた。ルーは自分のことが書いてあるページを見つけると、にっこりと笑って隣にいるスゥの肩を抱き、二人で目を合わせた。


 夏がそこまで来ていたので、ルーの店の屋根裏部屋にはかんかんと強い光が突き刺さっていたけれど、天窓は開かれていたので汗をかくほどではなかった。ハロウは着てきた夏物の上着を脱いで襟を緩めた。


「なんだか恥ずかしいね」


 ルーは真っ赤な髪に指を突っ込んで言った。


「ちょっとだけどさ。自分のことが人の本に書いてあるっていうのは」


 チップはこの中で一番多く書かれているというのに、あまり感心がなさそうだった。あくびを一つして、「俺はかっこいいだろう」と言って木箱の上に丸くなると、気持ちよさそうに目を細めた。


「私のことも書いてあるの?」


 スゥはルーが示したページに見入って、ぱっと白い頬を赤らめた。


「どうもありがとう。わざわざ届けてもらってさ。アルフはもう少しで来ると思うから。キャリーにもアルフから渡してもらったらいい。キャリーはでも、別口から手に入れてるかもしれないけどね」


 その時、窓の下から軽快なクラクションの音が聞こえた。やがて階段を一段ぬかしか二段抜かしで誰かが上がってくる音が聞こえ、緑の髪で濃い茶色い肌の大男が顔を出した。


「ハロウが本を出したんだって?」


 アルフは黒いシャツを着て、サングラスをいつもどおりにちょっとだけ下にずらしていた。ルーとスゥとチップとハロウを見て白い歯を見せて笑い、右手をちょっと上げた。


「ウォラ・デイモンが……尽力してくれたんです。去年の終わりから今年のはじめにかけての、皆さんとの出来事を書いたものだったので、皆さんにも」

「ありがとう! すげえ! 主人公は俺だな?」


 ハロウはとても嬉しくなって自然と笑っていた。詩人もそんなに悪くはない。誰にも読ませるつもりはなかったものだったけど、こうなってよかったのかもしれない。たとえ彼らがちゃんと全部読んでくれなかったとしても、読んでがっかりしてしまったとしても、今とてもハロウは楽しかった。


「サインももらっておいたほうがいい?」

「色紙に書いてもらおうよ。店に飾るんだ」


 ルーががたがたと一階に降りて行ってしまった。アルフがサインペンを差し出したので、アルフにあげた本の裏表紙にハロウは自分のサインを書いた。


「なんだか不思議ですね。僕のサインなんか、持ってても仕方ないですよ」

「これに書いて」


 ルーが息を弾ませて戻ってきて、真っ白な色紙をハロウに差し出した。


「うーんと、『コインフリッパーズ・カフェ 親愛なるルーとスゥとチップへ』。えーと、あとなんか一言書いてサインして」

「こんなの飾っても、お店の名前にキズがつくだけのような」

「うるさいよ。いいからいいから」


 ハロウがペンを置くと、ルーがハロウの手に握らせ直してぽんぽんと手に触れた。


「何かの縁だろう。書いてくれよ。なんでもいい」


 ハロウは困ってしまいつつ、目をつぶって一生懸命考えてみた。コインフリッパーズ・カフェ 親愛なるルーとスゥとチップへ。


「これはキャリーの分かな」

「うん。あと他に渡したいやつがいるんだって。アルフ、ハロウを連れてってやってくれよ」

「誰?」

「そりゃあ」


 ハロウは目をつぶって考えていた。銀色の箱。黒い猫。赤い髪、スカイブルーの瞳のマスター。金髪で緑の目をした彼の恋人。下水管を歩いてきた僕たちを、明け方に起こされても何も聞かずに介抱してくれたこと。


 コインフリッパーズ・カフェ、親愛なるルーとスゥとチップへ。


「でもあの二人はさ。死んだって警官のマルロが言ってただろ」

「犬のマルロだろ。それは聞いた。でもさ。あの二人の死体が見つかったとき、ストライクはこの部屋にいたんだぜ。少なくともストライクは死んでない。だからね、ハロウは二人とも生きてるんじゃないかって言うんだ。そんであそこに連れてってほしいって」

「あー…………」


 ハロウはずっと悩んでから、ペンを動かした。


 コインフリッパーズ・カフェ 親愛なるルーとスゥとチップへ。

 空や星や土や太陽、そして花


 ハロウ・ストーム


「空や……星や土や太陽、そして花?」


 スゥが色紙を覗き込んで読み上げた。


「どういう意味?」


 ハロウは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。どうして自分は伝えられないんだろう。どうすれば伝えられるんだろう。ハロウはくるくると光ったり回ったりし始めた頭の中をなんとかすり抜けて少しだけ付け足した。


 コインフリッパーズ・カフェ 親愛なるルーとスゥとチップへ。

 僕の空や星や土や太陽、そして花であるところの


 ハロウ・ストーム


 ルーはハロウの頭を後ろから片手で掴んでくしゃくしゃと撫で回した。


「わかったよ。どうもありがとう」


 ハロウはお祭りの夜の子どもみたいに胸をどきどきさせながらルーにそれを手渡した。ルーは両手でそれを受け取ってまた一階に降りて行った。


「どれ、どうする? これから行く? また別の日にするかい?」


 アルフが優しく目を細めてハロウに尋ねた。ハロウは少し安心して、「できれば、今日」と言った。


 アルフと連れ立ってルーの店を出るとき、店の正面の一番目に付く壁に、ハロウの書いた色紙が額に入れられて飾ってあるのが見えた。 




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