(6)
ひとの気配にストライクがはっと目を覚ますと、黒猫が小さくなってしまった火に枝を入れているところだった。
なんだかとてもよく眠った気がする。
黒猫の後ろに、木に寄りかかったまますやすやと眠っている黒服の男が見えた。帽子がちょっと右にずれている。右手は冷たい地面に投げ出され、左手は軽く握られて腹の上に置いてある。
「今こいつを殺して全部持って行ってもわからないよな」
黒猫が低い声でつぶやいた。
「だろ? よく寝てる。誰もいない森の中だ。財布にはたっぷり入ってる。難しいことなんて何もない。だろ? あんた考えただろ?」
さっきまで見てたいい夢の気配が一気に全部ふっ飛んだ。
「考えたのはお前だろ。一緒にするなよ」
そこまでは考えてない。
「お前スリ師だろ。追いはぎまでもう一歩じゃねえか」
猫の緑の目がきらきら光る。本物のガラス玉みたいだ。
「違うよ。俺は人殺しはしねえ」
「どうだかなあ。ニンゲンってのはうそつきなんだよ。しねえっつってやるんだよ。条件さえ整ってりゃあ、いいことより悪いことやんのがニンゲンなんだよ。特にあんたみたいに何かわりいことをやって生きてる人間なんてゆるいんだ。わかるか? ゆるいんだよ。」
「うるせえ。しねえっつってんだろ」
なんでこんなクソ猫にからまれなきゃいけねえんだよ。
しかも黒服の男を起こさないようにヒソヒソと喧嘩とかあほらしくて泣きそうだ。
「俺はね、あんたとビール飲んだ時から、あんたはこいつの話をマジメに聞く気なんかねえなと思ったよ。金だけもらえりゃいいぜって顔してたもんな。俺はこのままこの兄ちゃんと一緒に行くぜ。お前この兄ちゃんのことは殺せても、猫殺せねえだろ。本気で俺ら猫系獣人が戦うなり逃げるなりしたら、人間が敵うもんじゃないなんてわかってんだろ?」
「殺したりしねえって言ってるじゃねえか」
ぱちぱち、と木がはぜた。
黒服の男は自分のことが話し合われているなんて全く関係なしに、ほんとうに安らかに眠っていた。
「わかったらもう行けよ」
「は?」
「箱取って来る気ないんだろ。だったらもうここにアメはないぜ。どっか行けよ」
「取ってくる気ねえなんて言ってねえだろ」
「スリ師にコソ泥の真似ができるわけねえだろが。どっか行けよ」
「できるよ」
「できねえよ」
「できるよ」
「コいてねえでどっか行けよ」
「うっせーよクソ猫が。わかったよ。そんなに言うんなら取って来てやるよ。絶対に」
言っちまったな、とストライクは思った。俺はどうして頭に血が上りやすいんだろう。
やれやれだ。
それにしても猫に追い払われそうになるなんてね。