(5)
「レイン!」
ストライクは駆け出していた。口から飛び出た声に重なるようにして、矢羽が風を切る音が耳を掠めた。
イグナシオの手が「柩」からはじけ飛ぶのがとてもゆっくりと目に映った。その手のひらを短めの、細い、見覚えのある弓矢が貫いている。体がまるで空気の中を泳ぐようだ。なんて重いんだろう。Dr.A.Aの体が沈んでいる透明な床の上を走る。イグナシオの手からこぼれおちた『柩』に手を伸ばす。ぴくんと柩の画面が脈動しているのが見えた。床に落ちるすれすれのところで、ストライクはそれを拾い上げ
「そこは」
P.Pの声が聞こえる。
『柩』を抱え込んだままP.Pのほうへ目をやると、P.Pは必死な顔でストライクに手を伸ばしていた。P.Pのそんな顔をはじめて見たと思った瞬間
ぐにゃりと足元が沈み込んだ。
声も出なかった。がぼっと一気に全身が飲み込まれて、のたりとした不気味な粘着質の液体の中に
「ストライク!」
レインの声が聞こえた。ごろごろと耳元で自分が沈んでいく音を聞きながら、薄青い液体の膜を通して少しだけ水槽の上の様子が見えた。人影がいくつも動いていた。人の声がくぐもって聞こえた。手足を動かして泳ごうと思ったが、普通の水よりもずっと重い溶液に縛られて、からだのどこも自由に動かなかった。P.Pの幼い、高い声だけがきちんと耳に届いた。
「だめです、ストレインさん、あなたまで飛び込まないで下さい」
そうだよ、レイン。お前は来るな。
息が苦しい。鼻や口に入り込んでくる液体は、どろどろとしていて吐き出すことができない。
ここは動けないから。お前はそこにいろよ。
隣に何か大きなはりねずみみたいなものが浮いていた。なんとか目玉を動かしてそれを眺めると、Dr.A.Aの頭だった。コードが鳥の巣のようにDr.A.Aの頭と体を抱きとめていた。
一瞬ひどい嫌悪感を感じて体を動かそうとしたが、やはりそのまま底に吸い込まれることしかできなかった。腕の中から何かが離れ、ストライクの足に軽く触れながら、とてもゆっくりと沈んでいった。頭がぼうっとして、自分が空気を入れられ続ける風船になったような気がした。
もう地上の音は聞こえてこなかった。
レイン。お願いだから助けに来るなよ。俺なら大丈夫だから。
大丈夫、だいじょうぶ。
ぜんぜん
大丈夫じゃ
ないけど。