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(1)

 希望に満ちた研究者であるP.Pのおかげで、ハロウの左の手首はびっくりするくらい何もなかったみたいにすぐに一見普通の腕に戻ってしまった。

 よく目を凝らすとごく細くてまっすぐな白い線が4センチばかりあったけれど、P.Pはストライクの頬に張ったのと同じ白いテープをその傷跡の上に貼り付けてしまい、その白い線すらももう2ヶ月もしたらよく見たってわからなくなると言った。


 ハロウはP.Pから言われて一日に何回か手首や指を動かす練習を始めた。一度ストライクがあまりにゆっくりとしたハロウの左の手の開閉を見て、その左の手をぐいと握りこんでみたら、その手は妙にぶらぶらとしていてふわふわとしていて、おまけにP.Pにせっかく繋いだ神経がどうにかなったらどうすると怒られて、もう二度と触るまいと思った。ハロウにどんな感じなのかと聞くと、ハロウは「別なものをくっつけたのでうまく動かないという感じです」と答えた。


「右手は無意識に動いているのに左の手は一生懸命考えると、やっとのろのろ動き出すという感じでしょうか」


 以前両方ともお願いしなくても動いていたなんて信じられない。とハロウは本当に感心したみたいに続けた。


 ハロウはP.Pと一緒に検査室で朝から昼過ぎまで過ごし、夜になるとコンパートメントに戻ってきた。


 ストライクとチップは特に脱走する気もない上に、アルフが近々迎えに来ることがわかっていたので、P.Pに声を掛けさえすれば研究所のドアを開けてもらえて、まだクソ寒い雪の降るだだっ広くて本当に研究所しかなくて、見渡す限り真っ白い悪夢の中みたいな雪原に出て散歩できるようになった。曇りや雪の日は本当に悪夢の中の一場面みたいだったけど、晴れた日はそんな白いだけの世界でも気が晴れた。


 ハロウもちょっとだけ外に一緒に出てくることもあった。ハロウのコートはP.Pが切り裂いて処分してしまったので、P.Pがどこからか薄い茶色のダッフル・コートを持ってきてハロウに渡した。それを着てシルク・ハットを被って研究所の入り口の段差に腰掛けて太陽の日差しが雪に反射するきらきらにちょっとしかめっつらになっているハロウはあまりにださくて、悪夢の一部と言うよりは朝起きてみて「なんでこんな夢を見たんだろう」と頭を抱えてしまうような、シュールな一場面みたいだった。シルク・ハットと薄い茶色のダッフル・コートはあんまりだ。


 ストライクとチップが二人でその日も外に出て思い思いに外出を満喫していると、チップが突然思い立ったように顔を上にあげ下にさげ、いろんな高さの匂いをかぎだした。チップは鼻をひくひくさせたまま何度もひげをしごいていた。


「どうしたんだ?」


 チップはひとしきりストライクのことを無視して緑の目をぐりぐり動かしたり、鼻先をあちこちにずらしてくんくんを匂いをかいだりしてから話し出した。


「お前が柩をかっぱらってきて帰ってきた日あるじゃん」

「うん」

「ハロウがなんだかんだだったりしたし、俺お前の匂いかお前の兄弟のにおいかと思って言いそびれたんだけどさ、やっぱりもっと他に誰かいるよ。あの日からさ」

「他の誰か?」

「うん。覚えがあるような匂いだよ。気配がずっとしてるんだ。あんたの兄弟だけじゃなくて、もっと他に生きてるものがいるよ」

「確かなのか?」

「少なくともあんたら人間よりはずっと確かだと思うね」






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