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(8)

 猫って何? とストライクはぐったりと寝ているハロウに聞いてみた。チップは例によってふらっとどこかに消えてしまい、P.PはP.Pのストックとレインが眠っている部屋にレインの面倒を診に(データを取りに)行ってしまっていて、ストライクは手持ち無沙汰でベッドに身じろぎもできない風に縛り付けられたハロウの隣の椅子に腰を下ろした。


 真昼間のはずだった。時間的には。ストライクは日差しが急にとても懐かしくなった。


「猫?」


 ハロウは本当に眠ろうとしていたところだったらしくまぶたに右手を当ててゆっくりと繰り返した。「猫? チップさんのこと?」


「違うよ。あんたを運ぶときにあんたが言ったんだ。白い猫の話って」

「そんなことを言いましたか?」

「言ったと思うけどなあ。白い猫って。お城がどうのこうの」

「ああ……」


 陶器の猫の置物の話がありましてね、とハロウは右手で目を覆ったまま話した。


「どうしてだかあの時思い出していたんですね。リリィにその話をした時のことを。リリィのお気に入りのお話の一つでした。

 そのお話ではベッドにもぐりこむと主人公は陶器の美しい白猫と一緒に猫の城に行って遊んだり冒険したりするんです。主人公が初めて猫のお城に招待された時に『乗り物が何もないよ』と言うと、白い陶器の猫が『ベッドは最高の乗り物なんですよ』って言うんです。『特に何も乗り物がない時なんかはね……』」


 それを聞いてなぜだかストライクは少し悲しい気持ちになった。


「リリィちゃんがさ。はっきり言うけど、死んじゃったからあんたも死のうと思ったの?」


 ハロウは棺おけの中の昼間の吸血鬼みたいにぴたりと静止して暫く黙っていた。


 手が邪魔で表情がまるでわからなかったのでストライクはハロウが怒ってしまったんだと思った。でもハロウは穏やかに口を開いた。


「違うんじゃないでしょうか。確かにそれは僕の……『痛いところ』の一つでした。リリィが死んでしまったこと自体は直接的な原因ではないと思います。


 ……どうなのかな。直接の原因と言えばそうなのかもしれない。後を追おうとかそういうつもりはないんです。ただ、リリィと出会う前にも僕は死のうと思っていて、リリィが生きていたから死ぬのをやめていて、リリィが死んでしまったからもう僕も死んでしまっても構わないと思った、という感じなのかな?」


「ハロウ、ずっと気になっていたんだけどこうなったら聞いてもいいか?」

「なんでしょうか」


「お前ロリコン?」


 ハロウは目に手を当てたまま声を出さずに笑った。


「なんだか、そういう執着でもなかったんです。『とりあえず』という感じです。例えばね。ひどい言い方をすれば、リリィじゃなくてもよかったんです。本当にひどい言い方だけどね。例えば猫でもイヌでもよかった。……それどころじゃないな。

 音楽を聞いたり本を読んだりするのと同じです。『この曲が終わったらあれをしよう』とか『ここまで読んだら出かけよう』とか……わかりますか?」


 わかる、とストライクは正直に言った。そしてさらに正直に「でもわかりもしない」と言った。


「それはだってハロウ、あんまりじゃないか? 仮にも人間のお前のファンの女の子を音楽とか本とかと一緒くらいにしか思わないのは、ちょっとじゃないか?」


 ハロウの口元はまだ少しだけ笑ったままだった。そしてそのちょっとだけ笑った口の形のままで、目を手で覆ったままでハロウが、「ほんとあんまりですよねえ」と他人事のように言った。


「だから僕は死んだほうがいい人間なんですよ。僕は自分がこんな風なのが本当に嫌なんです」


 ストライクはほんとうに太陽の光が強烈に恋しくなった。


 午後3時だった。こんな白い箱の中で蛍光灯の下でこんな話をしたくなかった。ハロウは死んでしまっていたほうが幸せだったんだろうか?


「くっだらねえ」


 ストライクがやっとそれだけ言って席を立ち、部屋の出口に足早に向かうと、ハロウの声が背中から聞こえた。それは独り言みたいだった。


「そうですよね」


 振り返ってみればハロウは唯一自由になる右の手をだらんとベッドの外に放り出して、真っ直ぐ天井を向き、目を開けていた。


 まるでハロウの顔の真上に天窓でもあるみたいに

青い空がちゃんと見えてるみたいにハロウの灰色の目がくっきりと見えた。


 視線の先を追ってついストライクも天井を見上げたけれど、やっぱりどう見ても真っ白い天井しかなかった。


「俺あんたに一回死ねよって言ったけどさ、本当に死なれると困るよ」

「言いましたっけ?」

「言わなかったっけ?」

「忘れてしまったけど」


 ハロウはまだハロウにしか見えない空を眺めていた。


「でもどうもありがとう」


 何がありがたいのかストライクにはさっぱりわからなかった。


「ま、そのベッドにどこかに連れて行ってもらえよ」


 ストライクが言ってドアの取っ手に手を掛けると

ハロウは首をこちらに傾け、灰色の目をストライクに向けて口の端をちょっとだけ持ち上げてみせた。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハロウってどうしてこうなんだ~~う~~~~~む。こーゆー人て言ってしまえばそれまでなんだけど、無気力な気持ちもなんかわかる気もするけど~~~もにゃもにゃする~~~
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