(6)
P.Pはとても不機嫌そうに薄いぴったりとしたゴム手袋をぱちんと音を立てて外した。
「そろそろ目がさめると思います」
栗色の髪の毛は寝癖でくしゃくしゃに絡まっていて、顔色も悪かった。
ストライクとチップは少しだけ眠ってまた検査室に様子を見に来ていた。たぶんP.Pは眠っていないのだろうけど、今度は二人を追い払わずに黙って部屋の中に入れてくれた。
「まったくあなたたちは……」
ストライクはきしきしと音を立てるさびた椅子に深く腰をかけて、蝋みたいな顔色のままのハロウをちらっと見た。
「あなたたちって。俺は今回はなんもしてねえって」
「俺なんかずっとなんもしてねえよ」
チップだけは眠そうな様子もなく、きらきらと光るわけのわからない道具にぺたっと手を当ててみたりしている。
「セラミックのメスが確かに一本紛失してはいたのですが……ストライクさんが持っていると思っていました。まさかハロウさんの手元にあるとは」
「俺もすっかり忘れてたよ」
P.Pはストライクに「本当に手癖が悪いですね」とうんざりした口調で言った。研究所に閉じ込められて逃げ出そうとしたときにストライクがとっさに掠め取ったメスだった。
「大丈夫なのかな」
チップがハロウの顔を覗き込むとP.Pが突然きびきびとチップの腕を取り押さえた。
「左の腕を動かさないでくださいね。筋まで切断されているのを今パイプを固定して培養しているんですから」
チップは手を後ろで組んで口をへの字に曲げ、じっとハロウを眺めた。
「どうしてハロウはこんなことをしたんだろう」
「おやじさんがご立派過ぎたんじゃねえ?」
ストライクがだるくなって机にあごを載せているのをチップは横目でちらりと見た。
「そうじゃなくってさ。理由がどうのこうのじゃなくってね。俺たち獣人にはこんな風に自分から死のうとするやつなんかまずいないよ。どんなひどい目にあっても死ぬことは考えないな、たぶん。自殺した獣人の話なんか聞いたこともない」
「正確に言うと2654年に犬系獣人のマリアナ・コッテロが縊死しているのが発見されていますが。自殺と殺人と事故で調査されまだ決着していない事件です」
P.Pが口を挟んだがチップは鼻でそれを吹き飛ばした。
「死んじまったらおしまいじゃないか。どうして自分でそんなことをするんだろう」
「弱いから」
ハロウが死体みたいな顔色のままで、目をつぶったままでうめくように言った。
「弱くて、馬鹿で何もできないとね、やっぱり死んでしまうんです、チップさん。あなたは弱くても馬鹿でもニンゲンという生き物は生きていける、それってすごいことだねっておっしゃっていたそうですが……やっぱりね、そんな生き物は生きていけないんです。僕みたいなニンゲンは、生きていけるんじゃないんです。死んでないだけなんです」
「起きてたのか」
「少し前から」
ハロウの声はかすれていて、唇も真っ白だった。P.Pは無言でハロウの右の手首に小さめの機械を当てて何かを測り、軽く頷いてから一息に言った。
「あまり悲観的に考えると経過もよくありませんのでやめてください。左腕を固定しますから動かないでください。現在かなりの貧血状態なので増血剤を打ちますが何か薬にアレルギー反応が出たことは?」
「P.Pの言い方にむかついたことは?」
ストライクがP.Pの問診についでに付け足すと、ハロウは少し笑って「ありません」と言った。