(5)
「どうする?」
黒猫がひたひたと歩きながら緑色の目をこちらに向けた。夜はとっぷりと更けてもう真夜中のはずだ。
「ちょっと休もう」
音を上げたのはストライクだった。寒かったのだ。
ストライクが乾いた木を集めて火をつけるのを、猫と黒服の男はただ眺めていた。黒猫は自前の毛皮を着ているし暗くても困らないからだろうが、黒服のほうはたぶん不慣れで何をしたらいいのかわからないのだろう。火が安定してちろちろと燃え出すと、3人はそっと周りを囲んだ。ストライクも少しからだが暖まってきて、ほっと息をついた。
変な眺めだ。
改めてそう思った。どうして俺はこんなところでこんなことをしているのだろう。
ほんとうは、その男の「お願い」とやらを聞いてやった振りをして、どこかで財布を掏り取って逃げるつもりだった。ところがその「お願い」とやらの報酬がその財布だという。
どうしようか?
まだ何かありそうなんだ。でもここまでで逃げておけよ、と、スリ師のカンみたいなものがつぶやいている。こいつに関わるとろくなことにならないぞ。
どういうわけか猫までついているんだ。財布をすらせてもくれないだろうし、殴り倒してかっぱらうみたいな強盗みたいな真似は嫌だ。もうさっさとこの変なパーティを抜けてどっかの街に潜りこんだほうがいい。
とはいうものの、目の前にだいぶ入った財布がぶらぶらしている。
「お願い」を聞いてやれば平和に金が手に入る、かもしれない、うまく盗めれば。
こいつに関わるとろくなことにならないぞ。
なぜか嫌な予感がする。
ストライクは黒服の男の方を見た。
黒服の男はトランクに手を伸ばすと、あちこちのボタンを押し、ツマミをひねり、ゼンマイを回してこんこんこんと側面を叩く。次の瞬間トランクはまるでアコーディオンみたいにばらばらと上下に開いた。開いたすきまからチョコレートや飴玉が転がり落ちて散らばる。
ハトでも出てくるんじゃないか?
男が首をかしげながらさらにネジをくるくると回すと、トランクのしきりのようなものがぱたぱたと回転して折りたたみの傘が出てきた。
「どこに行ってしまったのかな」
さらに別のところについていたネジを回すと今度は長靴がぼとりと落ちた。あんな薄っぺらいトランクによく入っていたなと感心していると、おたまだの小瓶だのと一緒に毛布があふれ出た。
「あ、やっぱり入ってました」
男はその毛布をストライクに手渡した。
「え?」
「寒そうですから」
ストライクは返す言葉もなくそれを肩にかけた。それを見ていた黒猫が言う。
「あんた手品師?」
「ぜんぜん。これはこのトランクの仕掛けなんです。あるからくり師の人がこういう手品を見て、仕掛けを考えて、試作品を僕にくれたんです。まだ使い慣れなくて……」
黒服の男は毛布が出てきたときに一緒に地面に落ちた干しぶどうの袋を拾い上げて、
「食べます?」
と言ったので、3人で火を囲んで干しぶどうを黙々と食べた。
ますます光景がおかしい。
ストライクはなんだかもうどうでもよくなってきた。