(1)
「代謝に異常が見られます」
とP.Pは普段と変わらない調子で、いつもの白い箱の部屋に入れられたストライク(とその隣の部屋のハロウとその隣の隣の部屋に入れられたチップ)に言った。
「タイシャにいじょうがみられます?」
ストライクが繰り返すとP.Pは少し唇をゆがめて目をつぶった。
「つまり……体温調節の機能不全と心拍数の大幅な増加が……」
「それってどういうこと?」
「…………つまり……通常なら36度前後であるはずの体温が、ストレインさんの場合、溶液を出てから平均34.5度となっています。しかし一方で心拍数は……」
「レインは死んじゃうのか?」
「可能性はなくはありません。心拍数の異常によって心機能に負担がかかっていると思われますので、例えば……」
「だからさー」
ストライクは苛々とガラスの壁を叩いた。P.Pはガラスの向こうで立ったままストライクの部屋を見、こちらも神経質そうに左目のモノクルや髪の毛に指を触れた。
「とにかく、暫くはストレインさんは別室で加療しなくてはなりませんので」
「おい! P.P! こら!」
ストライクが両手をガラスの壁を割れんばかりに打ち付けるのを尻目に、P.Pはさっさと身を翻して3人の部屋の前から姿を消してしまった。
「……なんだよ……もう……」
向かいのP.Pの部屋は電気が消えて真っ暗だったので、ハロウの部屋からはストライクがガラスに両手と額をつけて立っているのがP.Pの部屋のガラスの壁に反射して見えた。
「まあいいじゃねーかよ。これで俺たちも帰れるんだろ」
チップの声が聞こえた。チップはベッドで寝ているらしかったが、チップの黒い体は部屋の暗闇に吸い込まれてしまっていて、はっきりとはわからなかった。
「カリョウってなに?」
「治療する、ということですよね」
「そう言ってくれりゃいいのに」
ストライクは吐き捨てるように言うとすみのベッドに横になった。ハロウは見るともなしにそれをぼんやりと見ていた。
「ルーのオムライスが食いてえよ俺。アルフに迎えに来てもらおうぜ」
チップはぽんとベッドを飛び降りると上を向いて(たぶん上を向いたんだろう)P.Pを呼んだ。
「P.P! 電話掛けさせてくれよ! デンワ!」
「あのなあ、お前らはいいだろうけどさ、レインはどうするんだよ。置いてくってのかよ」
ストライクがチップに向かって叫んだ。ハロウは自分の部屋をはさんでチップとストライクが言い合うのを見ていた。いとでんわみたい。
「あのなあ! お前はそのレインに殺されかけたんだろが! 足に矢を突き刺して意識モーローのお前をルーの店まで運んだのは誰だと思ってんだよ!」
「……そうかもしれないけどさ、置いていけないだろ!」
「ハァ? どっからそんな仏心がいきなり湧いてきたんだよ! 殺されるーって泣き喚いてたのはどこのどいつだ」
「泣き喚いてねえよ別に! ただ俺はレインが死んじまったらやだなってだけで」
[どちらに繋げますか]
「ここに置いて行っちまったほうが後腐れなくていいだろうがよ」
[電話じゃなかったんですか]
「あ?」
チップの部屋の前に例の三次元映像のP.Pが立っていた。P.Pは腕まくりをして白い薄いビニールの手袋をはめマスクをし、まるでお医者さんのようだった。
[映像ですが研究室内のスピーカーから集音しますので問題はありません。接続先をどうぞ]
チップは何も見ないですらすらと電話の番号を言った。
[接続しました。どうぞ]
「誰だ?」
聞き覚えのある低い声が響いた。
「おーい?」
「アルフ!」
「チップか?」
「おう! あのなあ、ちょっと遠いんだけどさあ、迎えに来てくれよ」
「どこにいるんだよ?」
「えーとどこだったかな……イグナシオの教会覚えてるか?あすこから西に100キロくらいの研究所だよ。旧プラント」
「辺鄙なところにいるね」
「猫だからね。これる?」
「ふふん。俺を誰だと思ってるんだよ。この町のことなら──」
「ネズミよりよく知ってるんだろ」
「そうそう。まあ待ってな」
「でもアルフ」
「なに」
「町の外だぜ」
アルフは「渡り鳥に鞍替えかね」と言って電話を切った。