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ハロウ・ストームの冒険 色烏飛行  作者: 白遠
それでは次のヒント
44/81

(6)

 駄目だと言われても言うことを聞く気がなかったので、ストライクはチップと研究所の中を歩いてみることにした。逃げようと思えば何か見つかるかもしれない。驚いたことにハロウまでついて来た。


「箱はもういいのか?」

「ちょっと休憩させてください」


 天井は高い。イグナシオの教会といい勝負だ。でも天使も聖者の彫刻も天地創造の絵もない。軽く一周しても出入り口は最初の門のヤツしかなかった。火事になったらどっから逃げる気なんだよ? でももしも火事になったら、火災を感知したP.Pが天井中から雨を降らせるのかもしれない。火はすぐに消し止められてしまう。


 気持ちの悪い世界中のストックたちの部屋にもこっそりと入った。長居するとP.Pに気温がどうたらこうたら怒られてしまうので、かなり手早く見て回ったけど、それでも十分なくらいきちんとその部屋は密閉されていた。


「なんだかなあー」


 検査室はいつも明るくて白いイメージだったので、窓の一つもあるんじゃないかと行ってみたが、やっぱりただの白い壁だった。


「すごいですね。僕たちは大きな箱に閉じ込められているみたいだ」

「閉じ込められているんだよ。実際に」

「換気扇とか通風孔とかないのかなあ? 俺通っていくんだけどな」


 チップが床近くの壁をノックしながら言った。


「そうですね。酸素はどうしてるんでしょうね。窓も通風孔もないと酸欠で死んでしまいますよね、そのうち」


[死にませんよ]


 空中にP.Pが不機嫌な顔をして現れた。


[あなたたちはお気づきでないと思いますが、換気は毎日行われています。そしてまた、その換気口はあなたたちの通れるものではありません]


 言ってP.Pの映像はすっと天井を指差した。指のはるか先には白い丸い円盤みたいなものが光っている。


[あれが換気口ですよ。研究所内の空気を廃棄し、外気を取り入れ、循環させています。いくつもついています]


 てっきり照明だと思っていたので、ストライクは驚くと共にがっかりした。あんな高いところにカバー付きであったら手が出せない。


[空気くらいの粒子になりさえすれば、あの換気口も通れるかもしれませんね」


 P.Pは言い捨てて消えてしまった。言い方がものすごくDr.A.Aに似ている。とりあえず肩を落として3人はコンパートメントに戻った。珍しくチップも自分のコンパートメントに入ってしまった。寝る気なのかもしれない。壁の向こうでハロウがベッドの上に腰を下ろす気配がした。


「開きそう?」

「いや、全然進んでいません。次のとっかかりが掴めないですね。P.Pに見てもらえばいいのかもしれないんですけどね」


 あの箱のおかげでこんなに変なところまで来てしまったなと、ストライクはベッドに寝転びながら考えた。あんなおもちゃの、女の子が作った他愛ない箱一つのために。


「なあ、どうしてその箱にそんなに拘るの? あのユージーンだっけ? 電話の女も拘ってたよな」


 ふう、とため息が聞こえた。


「これを作ったのはリリィという女の子でね、彼女はこれを作り終わってまもなく亡くなってしまったんです。この箱を誰にあげるために作ったのか言わないうちにね」

「形見?」

「そうです。彼女の家族は『これはあの子が私たちに作って遺した物だ』と言いました。でも僕は僕にリリィが作ってくれたものだと思いました」

「…………」

「だからどうしてももらおうと思ったんです」

「なあ、待てよ。その根拠は? リリィちゃんがお前なんか眼中に無かったんだったらどうするんだよ」

「リリィが生きている時に約束したんですよ。僕の誕生日に素敵なものをあげるって。彼女が息を引き取ったのは僕の誕生日の1週間前でした」


 ストライクは少し頭がくらくらしてきた。ハロウは思っていたよりもずっと頭がいかれているのかもしれない。


 だってそんな、だって


「そんなのは根拠にならないだろう!」

「そうですよね」


 しかもハロウがとても素直にあっさりと認めたので、余計にこっちの頭のねじがはずれそうになった。


「そうですよね。だから僕は確かめたかったんです。どうしても。この箱を開けたいと思ったんです」

「あのさー、恋人だったとかさ、そういうのなの? なんなのそれ? ぶっちゃけどういう関係?」

「恋人ではなかったですよ。僕は最後まで彼女の保護者のうちの一人でした。遊び友達かな。リリィはまだ12歳でしたからね。彼女をかわいらしいと思うことがあって、一緒にいて楽しくても、やはり女性として見ることはありませんでした」


 ストライクにはますますわけがわからなくなって唸った。


「それでどうして家族から娘の形見をかっぱらう話になるんだよ?」

「だって僕への形見だったとしたら、僕が受け取らないといけなくないですか?」

「…………だからさー、その自信はどっからくるわけ? お前、その箱が本当にご家族宛の箱だったらどうするんだよ」


 ハロウの気配が突然薄れたので、ストライクは一瞬ハロウがP.Pの宙に浮かぶ映像みたいにすうっと消えてしまうのを想像した。


 だめだ。俺の頭はほんとうにこんがらがっているみたいだ。でもハロウはちゃんとそこにいた。


「本当はね、誰に宛てた箱だって構わないんですよ。正直に言って箱の中身が庭のみみずに宛てた最高の木の葉だって僕はぜんぜん構わないんです。ただ僕はこれを何があっても絶対に(・・・)開けようと(・・・・・)決めた《・・・》んです。僕はこの箱の中身がただ知りたいだけなんです。彼女が最後に作ったものがね」






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