(3)
もぐもぐといつもの堅いケーキのような、ぱさぱさしたものを食べていると、チップがぽつりと「ルーのメシが食いてえ」と言った。
チップは半分ばかり食べたところで食欲をなくしてしまったようだ。確かにルーの作ったご飯がとてもおいしかったことをハロウは思い出した。ストライクに半分食べられてしまったハンバーガーだって感動的だった。あれは一体どういうわけなんだろう。ハンバーガーなんて材料をバンズに挟むだけみたいに思うのにね。
「どのような食事をしていたんですか」
P.Pは薬品臭い液体をストローで飲みながら言った。
「なんでもさ。サンドイッチ、ハンバーガー、ピザは生地を買ってきてたけどさあ、スパゲティ、オムライス……あー、ルーのチキンライスが食いてえ」
「そういったものは栄養価が偏っています。このニュートリシャス・バーの方が携帯性に優れ、腐敗しにくく、必要な栄養素を過不足なく摂取できます」
「だからさー、栄養がどうたらこうたらはどうでもいいわけよ。こんなの味気ないだろ? あったかくて肉とか野菜の味がするもん、食いたくなんないわけ?」
「味のするもの?」
「まさかこんなパサパサしたトリのエサみたいなもん毎日食っててうまいと思うのかよ? たまには生の野菜でも食ってみろってんだ」
P.Pはどうしたわけか頭を抱えてしまった。
「おい、どうしたんだ?」
チップが声を掛けてもぴくりとも動かない。
「そんな真剣に悩まなくていいだろ? ちょっと言ってみただけなんだからさあ……なあ?」
「いや、今のが誇張表現だったということは理解しているんです。ただ、少し混乱してしまったんです」
「コンラン?」
「はい、ちょっと落ち着いて考えたいので出てください」
あまりに率直に出て行けと言われてしまったので、3人は仕方なくそれぞれのコンパートメントに戻った。
ストライクはすぐに自分の部屋に入ってしまったが、チップはハロウの部屋にするりと潜りこんできてハロウが腰掛けているベッドのわきの床に腰を下ろし、顔を手で何度もこすった。
「雨が降るんですか?」
「違うよー。確かに雨が降る前は落ち着かないけどさあ、それとこれとは関係ないよ。いつもやってるよ」
ハロウはちょっと頷いて箱を開けにかかった。少しだけ前に進んだようだった。まず最初のボタンを押すと隙間ができるので、そこをちょっとこじ開けるようにして側面を押すと、ある一面がざっとずれるのだ。そしてそうやって側面がずれた部分につまみが埋まっていて、起こして捻ると、端っこから6センチほどの削ったばかりのえんぴつみたいな形の棒が出てくる。そして……
そこからが全然わからない。この棒はどこに使うんだろう? 朝からやっていてどうしてもわからなかったから、もう一度P.Pに見てもらおうと思って追いかけてみたらストライクとDr.A.Aの対決(というように見えた)にかち合ってしまった。Dr.A.Aはどういうわけかそういうのがお好きなようだ。
「P.Pが考えたいことってなんだろう?」
チップが壁に寄りかかって目を細めながら言った。
「なんでしょうね。こちらは色々と込み入っててわからないですね。もしかしたらあの食事しか取ったことがないのかも知れませんし」
「あり得るな」
「ここの奴らはおかしいよ」
壁越しにストライクが言った。
「頭がおかしくなりそうだ。『ストック』って一体何だよ? 息子と同じものを作るってなんだ? 183歳って何だ? あんなプールの中で何かの標本みたいに生きて、人のこと勝手に嗅ぎまわって何が楽しいんだよ」
壁からどん、と音が聞こえた。たぶんストライクが壁を殴ったんだろう。
「そうですね。なんだか違う世界にいるみたいだ」
「いるだろ。違う世界に。俺たちが一週間前まで住んでた世界には一日で傷が治っちゃう絆創膏もなかったし、死体も飾られてなかったぜ」
ストライクはだいぶ腹を立てているようだった。Dr.A.Aの長い話がよほど頭に来てるんだろう。
「もうさー、そしたら帰ろうぜ」
チップが目をしょぼしょぼさせて言った。
「ここ居たってつまんないしさー、俺まともなメシが食いてーよ。飽きたよ。もういいだろ。ストライクの足も治ったんだしさ。もーここやだよー」
「そうだな」
ストライクが壁の向こうで起き上がる気配がした。
「ちょっと探してくる」
その時ハロウの手の中で、ぱち、と軽い音を立てて一枚金属がはがれ、六角形の穴が現れた。