(11)
P.Pは何気なくそのパンドラ・ボックスを手に取った。
「これが先ほどの通信に出てきた箱ですか?」
「そうですね」
「開けられないんですか?」
「パスワードがわからないので開かないのですよ」
P.Pはその箱をくるくると手の中で回しながらしげしげと眺めた。
「中身を見てみましょうか?」
「そんなことができるんですか?」
「X線映像を撮ることができます。ただし、X線に感応して中身によっては正常な状態が保たれないかもしれません。どういったものが入っているかわかりますか?」
ハロウは力なく首を横に振った。
「まるで見当もつきません」
P.Pがためしにスイッチを押してみると、やはり機械的な女の声が聞こえた。
「やめておいたほうがいいかもしれませんね」
軽く箱を振っても何の音も聞こえない。
P.Pはもう一度手にしっかりと箱を持って観察を始めた。やがてある一箇所をモノクルごしに見て何度か指でこすった。
「ここに微細な凹凸があります。人為的なものだと思われます」
「わかるんですか?」
P.Pが注視しているところはハロウやストライクから見れば全くの平面だった。
「モノクルはサーモグラフィ機能もあります。ここだけ温度が違います」
「どこ?」
P.Pはまるでキャンディ・スティックみたいに真っ白でつるりとしたペンをデスクの中から取り出して、箱に直接注意深く薄く線を引いた。
「この部分です。こう直角に線が入っています。外れるのかもしれません」
「ちょっと貸してみな」
ストライクが腰の小物入れから出した古いナイフでP.Pのペンの跡を丁寧になぞった。
ナイフの刃が当たるたび、ペンのラインはペンキがはがれるみたいに落ち、3センチほどのふたが現れた。
指を乗せるとふたはほんの少しだけめりこみ、しゅっと内側に滑って行ってしまった。
「なんだこれ」
「よく見つけました! スタート!」
そして箱は初めて聞く言葉を話した。よく見つけました、スタート。
その声はこれまでのような女の機械音ではなくて、弾むような少女の声だった。
「リリィ」
ハロウはストライクから箱を取るともう一度その新しく出てきたスイッチを押した。でももう箱は何も言わなかった。
「りりい?」
そしてハロウも何も言わなくなってしまった。
「何かの仕掛けがあるようですね。パスワードとは別の開ける方法があるのかもしれません」
P.Pはデスクの上に直接さっきのペンで立方体を描いた。
「それは一種のジョークボックスのようですから、例えばからくり的な趣向を凝らしてある可能性があります。ある一定の手順を踏めば箱が開く、あるいは別な仕掛けが稼動するというようなね」
ハロウは一番最初に出会ったときのようなとても切羽詰った青白い顔で手の中の箱を見ていた。
P.Pが書きなぐった箱の絵は薄青く光ってゆっくりと消えていった。