(8)
翌朝4面真っ白な部屋で目が覚めてみると、ここのところ毎日(射られてから毎日)感じていた足が突っ張るような感じがいきなりなくなっていた。
「お?」
ためしに立ち上がってみても全く痛みがない。
むしろ巻かれている包帯がくすぐったくて邪魔なくらいだ。
「おおお?」
まさかきれいさっぱり治ってるなんて言うんじゃないだろうな?と思ってズボンをおろすと、片方の壁が全面さっと透明になって向こう側にP.Pが立っていた。
「うはっ……」
「大胆ですね」
夕食もそうだったが朝食もまた分厚いクッキーみたいな何かぱさぱさとした食べ物だった。それに薬臭い飲み物がつく。こんなもんで腹が膨れるもんかと思ったが、食べてみると意外なほど満腹になってしまう。
P.Pが検査室に来てくれと言うので行ってみると、まず顔の絆創膏を剥がされた。今回は絆創膏の材質なのかあまり痛くなかった。
「ふむ。上皮化していますね。良好です」
P.Pの頬は腫れてはいなかったが、赤黒いあざができていた。
「色素斑ができやすい状態になっていますので暫く保護しておきます」
「それってどういうこと?」
「紫外線によるメラニン色素の生成と沈着が起こりやすいということです」
それってどういうこと。
ストライクがもう一度首をかしげると、ハロウが入ってきて「そこだけ日焼けしやすいってことだと思いますよ」と言った。
「ピピッどうして粗野で低脳な口を利く価値もない者のレヴェルに合わせて話をしてやらねばならんのだ。全く時間の無駄だ」
かちんと来たが殴ったらまた痛い思いをするのはP.Pだけなんだろう。ストライクは今回はこらえることにした。
なんでこのDr.A.Aとやらはたまに出てきて嫌味ばかり言うんだろう。
「ピピッ足の方を見せてください」
足を出すとP.Pは変な形のはさみで包帯を切ってしまった。脚が剥きだしになる。
朝の感じの通りもう傷穴は塞がって、ほんの小さな桃色の跡を残すだけになっていた。
「すげえ」
「良好ですね。こちらは衣服に保護される部位なのでもう衛生材料で覆うこともないでしょう。細胞の状態を検査したいので大腿部の皮膚片を少し取りますが、それもすぐに治癒するはずです」
「なにこれ? 俺ずっとこのまんま? 怪我してもすぐ治るの?」
「いえ。顔の切創に関してはあなたの活発な細胞と細胞の活性化を促す薬剤をまぜてドレッシングしただけですので、もうそういった治癒力はありません。
右大腿部の刺創に関しては、その部分だけなら2週間ほど効果は持続すると思います。もしかしたらもっと長いかもしれませんが」
「顔はもう普通、足もちょっとしたら普通になるってこと?」
「そうですね」
ストライクはでかい流し台まで歩いて行って鏡を見てみた。
昨日の明け方にチップに引き裂かれてできた傷口は、ちょっと白いただの線になっていた。
うそだろ。昨日だぜ。あんなに血が出たのに。
触れてみたけど傷口は嘘でしたなんて言わなかったし舌も出さなかった。ちゃんと繋がって、やわらかい新しい皮膚がすくすくと育っていた。
「すごい」
ふらふらとスツールに戻るとP.Pは厚めでとても柔らかい白いテープを頬の傷に張ってくれた。
子どものようにとても嬉しそうに笑っていた。
だけどその笑顔は長くは続かなかった。
「ピピッさて。ところで昨日わしは調べものをしていたのだが興味深い事実が2,3あってね。まずハロウ・ストーム。君にはとても熱心な覗き屋がついているようだ。君に関してデータを取ったところあらゆる項目にウォラ・デイモンという若き女性記者がついて回っている。そうだね?」
「そうですね」
「そして君はその記者の紹介である少女の家を定期的に訪れていた。そうだね?」
「そうです」
「そして君はスキャンダルを起こしているね。その件でだ。ところが肝心のスキャンダルの中身が──」
「消えているはずです。公式には」
「その通りだ。オルフェリウス氏の手際はよほどよかったようだ。スキャンダルの中身に関するあらゆる情報が消されている! 大したものだ」
「知っている人には消しても消さなくても知られていることです」
「わしはそう言った文型の人間がよくやるような言葉遊びが大嫌いなんだよハロウ・ストーム。単刀直入に聞くがね、これは何が起こったんだね?」
ストライクがハロウを見るとハロウはストライクとP.Pの両方からきっかり等間隔の場所に立って、はじめて見るような挑戦的な(としか言いようがない)顔をしていた。
単にむかついてるだけかもしれない。
何しろこのDr.A.Aの話し方といったら内容がたとえ自分に無関係であってもどことなく神経を逆なでしてくれるので、ストライクはさっきからすでにうんざりしていたのだ。P.Pのほうがずっとかわいげがあるってものだ。何言ってるのか6割くらいわかんないけど。
人間は年を取ると丸くなるんじゃなかったのか?
「何が起こったんでしょうね?」
ハロウがそう言って口角をちょっと上げると、Dr.A.AであるところのP.Pは眉間にしわを寄せて椅子から立ち上がり、ハロウを「生意気な小僧が」と今にも言い出しそうな顔で見上げた(実際身長差が20センチほどあった)。
「そういうつもりならいいだろう。こちらで勝手に調べさせてもらう」
「ピピッ接続解除」
戻ってきたP.Pは何事もなかったかのようにストライクの脚からピンセットでぴっとほんの少し皮を剥ぎ取ってうきうきとシャーレに入れ、そのまた断片でプレパラートを作り出した。
「ハロウ、あのじじい嫌いだろう」
ストライクが言うとハロウは「少しね」と言った。絶対ウソだ。