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(7)

 何かやわらかそうで鮮やかなピンク色のゼリーがたっぷり塗られている絆創膏を頬の傷に張られ、ストライクはとどめの一撃を喰らったみたいにぐったりとしていた。


「痛かったですか?」


 ハロウが聞いてみるとストライクは非常に不機嫌に

「痛いなんてもんじゃねーよやってみろってんだ」と言った。


「お前、これでひどいことになったらぶっ殺してやるからな」


 そうだな、とハロウは思った。


 本当に今ストライクの頬に張られていたり足に注射されたものが危険なものだったとしたら、僕はストライクにどう謝っていいのかわからなくなる。


 僕の個人的な「どうなってもいい」という考えにストライクやチップさんを本来は巻き込んではいけないのだ。


「ピピッお前たちは自分の無能を棚に上げてP.Pに文句を言う。自分たちがどんなに高度な治療を施されたのか知ろうとすら思わない。向上心のない人間など虫けら以下だ。口を利くだけで脳細胞が破壊されそうだ」

「なんだとこの」


 ストライクがはねるように起き上がり、P.P(Dr.A.A)の白衣に手を伸ばし襟を掴みあげたが、P.Pはまるで汚いものでも眺めるようにストライクの手に目をやっただけだった。


「ふん、暴力か。情報の処理速度が追いつかない知性の劣る者は自分の意見を瞬時に論理的に発言することができないために一種の身体言語として暴力を振るうのだ。そうやって短絡的に暴力を振るうのは自らの知能に欠陥があると叫びながら歩いているようなものだぞ」

「あ」


 ハロウが止めるまもなくストライクはP.Pを文字通りぶっ飛ばした。


「ピピッ回線を切断します。出血有り……。検査・処置後すみやかに修復します」

「ピピッ了解した」

「ピピッシャットダウンピッ」


 P.Pは左の頬をまともに殴られて椅子ごと床に転がっていた。

 そしてひじをついてよろよろと立ち上がると泣きながら氷嚢を頬に当てた。


「えっぐ……ひっく」


 鼻水と鼻血と涙でP.Pはかなりかわいそうなことになっていた。ストライクのほうもうなだれて殴ってしまった右手を見ている。


 どうしよう。


 とりあえずストライクは大丈夫だろうと判断してP.Pの顔をみてみた。椅子を元の位置に立て直してみたらP.Pはすとんとそれに腰を下ろした。


「何かお手伝いできることはありますか?」


 P.Pは子どものように泣きじゃくりながら(子どもなんだけど)


「び、びしゅっけ……びしゅっけつ、が見られるので……しょ、処置します……ヒック。ひょうのう、を、持っていて、もらえ、ます、かヒック」


 と言った。


 ハロウが言われたとおりに氷嚢を支えると、P.Pは鼻のちょっと上あたりを鼻血で真っ赤な手できゅっと押さえた。


「うっ……うええ……」


 ハロウはそこらへんにあった未使用らしいガーゼで涙や鼻血や鼻水を適当に拭ってやりながら思った。


 どうしてこんなことになっちゃってるんだろうなあ。


 ストライクの隣にはチップが腰掛けていたが、ストライクは顔を腕で抱え込んでしまった。ストライクだってこんなはずじゃなかったのだ。


 P.Pはやっと涙を流すのをやめて息を整え、咳払いをした。でもまだしゃっくりが止まっていなかった。ハロウが自然に背中をとんとんと叩いたら、P.Pからすごい目で睨まれた。まだ泣きべそをかいている上に鼻をつまんだままの体勢で。


「せ、背中、や、ヒック背骨を、叩くヒック叩くというような、治療法は、根拠のないヒック迷信です。鼻出血の際は……」

「失礼しました。特に鼻血を止めたかったのではないのです、ただあなたが泣いていたのでつい」


 ハロウはもう一度睨まれるはめになった。


「これは、涙腺から分泌、される、ただの体液、ですヒック……。角膜や、眼球に、異常はみら、れませんので、ヒック」

「お前を殴るつもりじゃなかったんだ」


 ストライクがぽつっと言った。


「痛かったろ」

「……つ、痛覚神経、が、こんなにはげ……ヒック激しく刺激されるのは、ヒック、実際に経験して、ヒックいなかったので……驚き、ました」

「怪我とかしたことなかったんですか?」

「ヒック……怪我……7歳の、時に、パパの……Dr.A.Aの研究室で、転んで、左ひじを、9針縫いました。担当医は、ヒューバート・レノート教授……2582年の、ことです」

「あとは、紙で、指に、切創、軽い打撲、裂創、熱傷も……19歳のとき、に、実験中に、289℃まで加熱したミーグレット溶液、を、倒して、左大腿部に、II度熱傷を」

「21歳の時、市販の、鎮痛剤を飲んで、アナフィラキシー、ヒック、ショックを起こして、死亡、しました。でも、それらは」


「すみません、ちょっと待ってください」

「……どうぞ」

「あなたは誰のことを話しているんですか?」

「わた、私です。私の記憶です」

「あなたは14歳ですよね?」

「はい。一般的に言うと」

「でもお話では19歳や21歳の記憶が出てきた上におしまいにはお亡くなりになってしまいましたが、その……ちょっと合わなくないですか?」

「あわなくない、ヒックとは『整合性がないのではないか』ヒックという理解でよろしい、でしょうか」

「よろしいです」


 P.Pは鼻からちょっと手を離してみて鼻血が出てこないのを確かめ、氷嚢をハロウの手から取って自分で当てなおした。


「私は、先ほども申し上げました、とおり、フィリップ・オリジナルの、同一固体です。フィリップ・オリジナルの、クローン体のうちの、一体です。Dr.A.Aは、自分の、息子である、フィリップ・アンテノワ、が、2596年の、5月、に、死亡してしまったことを、受けて、脳、から、記憶を、複製し、私に、移植しました。

 ですから、私には、フィリップ・アンテノワの、21歳までの、記憶が、あります」


 ハロウが自分の頭のなかを必死で片付けているあいだ、

 P.Pは検査室の隅にある(でもかなり大きな)流し台で顔を洗い、もう一度咳払いをして呼吸を整え、ついでに髪の毛も整えた。


「ピピッ処置が完了しました。接続を再開します」

「ピピッご苦労。必要なら検体1号には拘束服を」

「ピピッ了解しました。経過を観察します」


 ストライクはベッドにごろりと横になって

「病気になりそう」

 と言った。


「でも病気になるときっとますます出られなくなるぜ」


 チップが言った。たぶんその通りだろう。




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