(6)
P.Pがあまりにも普通にズボンを脱がそうとしたので、ストライクは慌てて手を振り解いて椅子から転げ落ちた。
「あのな!お前……」
「そのままでは処置できません。脱ぐのが嫌なら着衣を切断します」
「そうじゃなくて……もう……」
ハロウとチップは笑って検査室を出て行ってしまった。医者と二人きりなんだと思えば恥ずかしくもなかったけど(というかそもそも人に脱がされるのが嫌だったのだけど)、あの二人が出て行ってしまうと別な方向で不安になった。こんなガキに「処置」されて自分は無事でいられるんだろうかということだ。
さっき夢うつつに聞いていたところではこいつは14だ。14のガキに一体何ができるんだ? お医者さんごっこにお付き合いしてる場合じゃないんだよ。
「麻酔を打ちますか?」
「は?」
「これからあなたの右大腿部の刺創に、先ほどあなたから採取した活発な細胞を注入します。当然ですが痛覚神経への刺激を伴いますので、神経を麻痺、あるいは脳への信号を遮断しますか」
失敗されたら死にそうだったので(もののたとえではなく)、ストライクは少しくらい痛くてもガマンすると言った。
「そうですか」とP.Pは、何か綺麗な桃色の液体が少し入った細い注射器を、逆手に構えてストライクの足、矢が刺さってからやっと傷口に薄い皮がはって、それでもまだ赤くじくじくと濡れている直径1センチの丸いスポットに、ぶっすりと突き刺した。
「わああ」
「だから麻酔を打ちますかと言いました」
針はほとんど全部足に埋まった。
P.Pは一気にピストンを一番奥まで沈めてしまうと、左手のゆびで傷口の周りを申し訳程度に抑えながら、刺した時と同じように乱暴に注射器を引き抜いた。手には薄いゴムの手袋をはめていたが、その手袋は大人用だったので、指先の部分がまだ余っていた。14歳だって。何かわけのわからない生き物が足から生えてきたりしないだろうな。
なんだか体から何かを抜き取られたような妙な脱力感に襲われて、ストライクがぐったりと横のデスクに右ひじをつき、額を手のひらに載せると、P.Pはあらわになったストライクの左の頬から、昨日(今日の明け方)イグナシオが当ててくれた絆創膏をびりっと引き剥がした。
「ぎ」
「思ったとおり新しい傷でよかった。これから痂皮を剥がします」
一声かけるとかなんとかなかったのか? と思ったけどもう声を出すのにもくたびれてきた。どうせ言ったって無駄だ。かひをはがしますってどういうことだ?
「”かひ”ってな……い゛」
「動かないで下さい。器具で傷口を広げてしまう恐れがあります」
「いででででで何!?」
「動かないで。痂皮とは出血した際に起こる、止血作用によって血小板とフィブリンが凝固し固まったものです。これです。痂皮がある状態ではデータが取れません」
「何それ! 痛いって! また血出てきてるじゃん」
「かさぶたのことですよストライク、たぶんね」
ハロウとチップが頭だけ出して覗き込んでいた。
「ちょ……はがすなよむしろ! 痛いって!」
P.Pは長い大きい先の細いピンセットのようなもので、少しずつかさぶたを剥がしていた。痛いばかりではない。冷たいピンセットの先が傷口に触れるたび不快さに怖気が立つ。
「困りましたね」
P.Pはいったん手を止め、ピンセットを銀色のそら豆みたいな形をした皿にかちゃんと放り込んだ。
「ただの刺激です。ショック症状が出るほどの刺激ではありません。そもそも我慢できると言ったのは」
「俺だよ! うるせえな!」
P.Pもうんざりしたようにデスクに左のひじをついた。
「今から局部麻酔を打ちますか? それとも一気に剥がしますか?」
「一気にいこうぜ」
もうピンセットでつつかれるのは本気で嫌だった。でも麻酔なんか打たれたら、それこそどうなるかわかったものじゃない。二度と起きあがれなくなるかもしれない。
「わかりました」
P.Pは半透明のポリ容器を持ってくるとガーゼにたっぷりその中身を含ませた。それはただの水に見えた。かなりびちゃびちゃになったそのガーゼをストライクの頬の傷にぴたりと当てると、「暫くこのままにしてください」と言ってP.Pはどこかに行ってしまった。
しみるかと思ったら液体による痛みはほとんどないようだ。むしろほじくられて熱を持った傷口が休まるような気さえした。やがて小さなへらのようなものを持ってP.Pが帰ってきた。
まさか。
P.Pはスツールに戻るなりストライクの手をのけさせ、ガーゼをばかに丁寧に取った。そしてストライクの頭をデスクに押し付けて、ゴム手袋をしたままの左手で押さえ、右手で銀色にきらきらと光るへらを傷口の最下部に当て──
なんの迷いもなく一息に、思いっきりストライクの頬をこそぎ上げた。
「あああああああああああああああ」
その後もなんか痛いことをされたけど、ストライクにはもう声を出す体力が残っていなかった。