(2)
雪がぐんぐん後ろに流れて行った。
速い。すごい。アルフの車より速い。(でも彼には秘密にしておいてやろう)
「ピピッ猫系獣人とはいい収穫だな。欲を言えば、あの奇形の疑いのある獣人も連れてきたかった」
「ピピッあの獣人は齧歯目に近い骨格をしています。奇形ではないかもしれません」
車はどちらかというと船のような形をしていた。車輪がなく、どういう仕組みなのか、地面すれすれを浮かんで滑るように進んでいる。中は広く、小さな部屋といった方が近いくらいだ。テーブルまであって、硬いが布ばりのベンチがそれを囲んでいた。
なんだかしらないけど暖かくて、やけに居心地はよかったが、さっきからずっと白衣の少年が運転席で一人で不愉快な会話をしているので、ストライクは隣に座って外を眺めているハロウの首を絞めてやりたくなっていた。
「…………とっとと逃げてりゃよかったな」
「すみませんね。お付き合いいただいてしまって」
「なんでこんな変態のところにお前は行きたかったんだ?」
「僕には特に行くところなかったので。イグナシオさんにはだいぶお世話になりましたし、ウォラにも追いかけられてしまって、そろそろ移動しないとな、という時にどこか連れて行ってくれそうな人が来たので、つい」
つい。じゃねえよこのクソぼんぼんめ。人を巻き込むのもいい加減にしろ。おかげでイグナシオとジョーに満足に挨拶ができなかった。なにか彼らには言わなくちゃいけないことがあった気がするのに。
チップは相変わらずマイペースに眠ったり起きたりしていた。景色は全くの真っ白でどこらへんを進んでいるのかわからない。
「今どのあたりなんだろうなあ」
はめ込みの窓の外を見ながらつぶやくと、チップが「教会から西に100キロってとこかな」とあくび交じりに言った。
「わかんのか?」
「わかる」
そしてまた眠りだした。猫は便利だ。それにしてもこの車(船?)は一体どこに向かっているんだろう。教会のあったコロニーから100キロあたりだとすると、そこもまた不毛の荒野のはずだ。薬物汚染や重金属汚染で立ち入りが禁止されているのはどの辺りだっただろうか。そんなところに行こうとしているのだろうか? あるいはそこをこえて、もっと遠くに?
少年に聞いてみたかったが、何しろ彼はご自分の脳みそと会話中なので、とても話しかけづらかった。やけくそになって寝ようと思ったら、すでにハロウはすやすやと眠っていた。ハロウもその白衣のガキも変態だ、とストライクは思った。
やがて乗り物はとても大きな、灰色の門の前に止まった。門はよく見ると何かの金属でできていて、幾何学的に絡まりあって施設を封印していた。
「ここは?」
「こりゃあ危険区域指定の旧プラント・コンプレクスじゃないか」
チップが言うなりひらりとゆうに3メートルはある門の上に飛び乗り、
「ぎゃーー」
前足が触れたところでボッタリと落ちてきた。しかも背中から。
「チップ!」「チップさん」
チップはぐったりと動かない。
「おいチップ!」
「ピピッ大丈夫です。侵入者を排除するため電流を流してありますが、数mAですので気絶でしょう」
「ピピッふん、たかが愛玩用動物の分際で、わしの城に断りもなく入ろうとなどするからだ。馬鹿め」
ストライクがチップの体を抱き上げようとすると、ハロウがそれを押しとどめ、代わりに自分のトランクをくれた。
「足がまだ辛いでしょう。僕がチップさんを」
白衣の少年はそれに目もくれずにカードをリーダーに通して門を開け、かつかつと中に入っていった。
「なんだよあいつはよ」
ストライクが遠くなっていく背中を睨んでつぶやくと、ハロウは
「とても変わった人だったようですね」
と言った。
気づくのおせぇよ、とストライクは思った。