(11)
「よん、ご」
ストライクの腰についていた小物入れの中からは、その入れ物のサイズからでは考えられないくらいさまざまなものが出てきた。
金細工の望遠鏡。銀細工の燭台。宗教的な模様が彫り抜いてある首飾り、遠い国で作られたのが一目でわかる鮮やかな杯。指輪。溶けて消えてしまいそうな硝子の小瓶。
「だからゆるいってんだよ」
チップが、全部袋の中身を引っ張り出してしまってから吐き捨てるように言った。
「お前イグナシオがどんなにお前に親切だったか忘れたのかよ? どれくらいここで世話になったのかわからないのか? それなのにこんなことするのかよ」
最低だよ。とチップは、ストライクがふてぶてしく座っているベンチの足元を蹴っ飛ばした。
うぜえ。
なんでチップに怒られなきゃあいけないんだよ。うるせえ猫だな。お前からは何も盗ってないじゃないか。
イグナシオはストライクの正面に腰を掛けて、じっとストライクの目を見ていた。
ランプの光を左側から受けてイグナシオの表情は読み取れなかった。ただ黙ってチップの声を聞き、ストライクの顔を見ているようだった。
「お前、ルーやスゥたちからまでなんか持って行ってないだろうな? ゆるさないぞ」
ストライクはフンとハナで笑った。「そんなヒマはねーよ」
大体めぼしいもんがなかったじゃねえかと言い終わるか終わらないかのうちに、ざっくりとチップの爪がストライクの頬を切り裂いた。
「…………」
下水道の中でやられた猫パンチなんてかわいいもんだ。綺麗にぱっくりと頬は割け、ぱたぱたと血のしずくが長い机に零れ落ちた。イグナシオがさっと立ち上がってどこかに行ってしまった。チップの毛は逆立ってしっぽが倍くらいに太くなっている。
だからなんでこいつが怒るんだよ。
頬に手をやると手が一瞬で真っ赤になった。
「お前みたいなやつは最低だよ」
チップがもう一度言った。
チップの話を聞きたくなくて上を見ると、やはり天使たちがストライクのことを見ていた。やっぱりただの彫刻だ。なんでさっきはびびっちまったんだろう。あんなに。
やがてイグナシオが戻ってきて、何も言わずにストライクの頬を消毒し、ガーゼをあてて絆創膏をはった。
「い……」
「痛かったですか。ごめんなさい」
最後に冷たく搾った布でそっと、ストライクの血まみれになった顔と手を拭いてくれた。
「…………そんなやつ、放り出しちまえばいいんだ」
チップがイグナシオにつぶやくと、イグナシオはストライクの正面に座りなおし、顔だけチップに向けて言った。
「こちらのお品物は、私がストライクさんに差し上げたものです。ですから、いいんですよ。チップさん」
チップはそれを聞くとぎゅっと眉間にしわをよせ耳を伏せた。
「あんたなあ」
そしてもう一度ベンチの足を蹴った。
「あんたそれでいいのか? こいつがやったのは悪いことなんだ。そんな風にあんたが許しちまってどうなるっていうんだよ」
そうですね、とイグナシオは応えた。
「でも責めてもどうにもならないと思いませんか。許すのと同じように、責めることにも意味がないのなら、私は彼のこの罪を一つなかったことにしたい」
ストライクはイグナシオが自分の顔を見ているのがわかっていた。だけどイグナシオの顔を見ることがどうしてもできなかった。
ランプの明かりが左の壁にイグナシオと自分の影を作り、たまに芯が燃えるじりっという音にあわせて、ほんの少しだけ揺れるのを見ていた。目の端に、イグナシオの白いあごと軽く組まれた手とローブ、そしてローブに包まれた右の肩が少し映っていた。
「………あんたがそれでいいってんならいいけどさ。言っておくけどそいつそれが初めてじゃないからな」
チップはしっぽを一度だけ大きく振ると、奥の部屋に足音も立てず行ってしまった。