(8)
箱はのっぺりとして、ただの金属のかたまりに見えた。よく見ると、薄い金属でまる一周封印されていることがわかった。
「これが? せいなるひつぎ?」
「そうです」
「何か入っているんですか?」
「神の恵みが入っていると伝えられています。その箱を開けば海が割れ、罪びとを焼き、天への階段が姿を現すそうです」
ストライクが恐る恐る触れてみても、それは本当にただのつるりとした箱だった。ただ、金属だと思っていたら何かもう少し違う。手に吸い付いてくるような感じがする。
「誰か開けてみた?」
イグナシオは黙って首を横に振った。
「それを開けることは禁じられています。それは神の力を疑う行いだからです。この聖なる柩についての記録は、この教会の建立と同時に始まり、ずっとここにあります。その来歴は伝えられていません」
「ふうん……」
ストライクがもう少し詳しく見ようと手を伸ばしたとき、教会の扉が開いて誰かが入ってきた気配がした。
3人で礼拝堂に戻ると、見慣れた緑の頭と、その横に黒いかちっとした上着と、計ったみたいにぴたりと膝の丈の高さ(計ったんだろうけど)のタイトスカートの女性がいた。
女性はしっとりとした上品なこげ茶色の髪で、服に合わせて顔を作ったんじゃないかと思うくらいきりっとした顔をしていた。
「アルフ‼︎」
チップがジョーと一緒に駆け込んできた。アルフはハロウに向かって「ぱん」と両手を合わせると、「ごめん!」と言った。
ハロウの方は糊付けされたみたいに固まっていた。もういちど洗濯したらいいかもしれない。
「お久しぶりね、ハロウ・ストーム」
女性はこつこつとハイヒールの音を響かせてハロウに近寄り、上から下まで眺め回した。
「あなた自宅の窓をぶち割ってどこに消えたのかと思っていたのよ。隣町のカフェに追いかけたのに、もういなくなっているし、一体何をやってるの?」
「ウォラ」
ハロウはやっと自分を取り戻したようだった。
「とりあえず、今はこの……教会にお世話になっているので、あまり騒ぎ立てないでほしい。僕がお願いできる立場でないことはわかっているのだけど、たくさんの人にご迷惑がかかるのは一般的によくないと思う」
「あなたいまさら何を言っているのよ」
ウォラという女性はよく見れば割と美人だったのだが、言い方に非常にとげがあるので、ハロウが取って食われそうに見えた。
「あなたがカフェにいるって連絡を受けてから、会社のカメラマンと車を借りて雪の中飛ばしてきたのにもういない! そもそもあなたは半年前から音信不通! 今回だってキャリエッタ・スワンクに何回電話したと思ってるの。あなたが勝手をしているおかげでどれだけ巻き込まれていると思っているのよ」
ハロウは両手で顔を覆ってがっくりとベンチに腰を下ろした。
イグナシオは所在なげに様子を見守り、チップはそ知らぬ顔をして礼拝堂の隅で立ち聞きしていて、ジョーはイグナシオの足元で小さくなっている。アルフは開けっ放しの礼拝堂の扉に身を隠している。隠れてないけど。
「あなたのお父様にも連絡したわよ。お父様の代理人が『無関係なのでコメントは控えさせていただきます』としか言わなかったわ。勘当されたって聞いたけど本当なのね?」
「…………本当ですよ。父と僕はもう関係ありません。僕はオルフェリウス家の次男ではなく、ただのハロウ・ストームです」
ウォラはさらさらと真っ赤な手帳に何かを書き付けると、それをぱたんと閉じ、「そう!」と言った。
「もう一つ聞きたいことがあるのよハロウ・ストーム。あなた箱を知らないかしら?」
ハロウは少しだけ顔を上げてウォラ・デイモンを睨みつけた。
「知りませんよ」
そこはこのお坊ちゃまでも嘘をつくんだ。と、ストライクはなんとなく感心した。