(6)
ストライクが目を覚ますと、辺りには誰もおらず、ただ質素な木の枠の窓から光がさんさんと降り注いでいた。ぽたぽたと氷が溶けて流れる音が聞こえる。のどがとても渇いていた。
窓と同じように質素なベッド(少しほこりっぽい)から降りてみる。頭がくらくらしたが、なんとか壁に手を付いて立つと、今度は右の足がぎくりと痛んだ。やれやれ。
部屋は昨日通された暖炉の部屋のもう半分くらいの大きさで、小奇麗な牢屋みたいだった。檻が付いてないだけだ。
壁を伝って廊下に出たら、牧師のイグナシオにばったり出くわして、そのままベッドに連れ戻されてしまったので、仕方なくもう一度寝ることにした。
暫くするとジョーが、コップに一杯の水と着替えを持ってきてくれて、なんとストライクの服を(果敢にも)脱がしにかかったので、さすがにチップかハロウに頼むからと押し止めた。
やれやれ。
今度はチップがやってきて熱いタオルをくれた。
体を拭き終わった頃にハロウがやって来て、足の傷にわけのわからないなんか青緑色の薬を塗って包帯を巻きなおしてくれた。
ハロウが出て行ったらイグナシオがオートミールを持ってやって来た。次から次へとまるでパレードだ。
「今何時?」
まだ熱いオートミールをもぐもぐやりながら聞くと、イグナシオは「飲み込んでからになさい」と牧師くさいことを言った。牧師だけど。
ストライクが渡された着替えは、いかにも牧師が着ていそうな紺色のローブだった。イグナシオがまるで岩窟の聖母みたいな優しい顔をして「よくお似合いですよ」と言った。
やれやれ。
「まだ熱がおありのようです。治るまでここでごゆっくりなさってください。部屋は余っていますし、ジョーも私も、このようなところで退屈しておりましたので」
確かにまだ熱はあるらしかった。
こんな部屋に一人で閉じ込められていたら、退屈で死んでしまうと思っていたが、いざイグナシオがオートミールの空になったボウルを持って部屋を出てしまうと、何も考えられなくなってすぐにまた眠ってしまった。
まだ日があるうちにもう一度起こされて水を飲まされ、粥か何かを食べさせられた気がする。でもだれがそうしてくれたんだろう? イグナシオだったようでもあるし、ハロウだったようにも思えた。
誰かの手が額にそっと触れていった。冷たい乾いた手だった。夜になるともっと熱が上がってうまく眠ることもできなくなった。誰かが明かりのついたランプを持って部屋に入ってきた。苦しくてふっと浮き上がるみたいに目が覚め、何かに引きずり込まれるみたいにまた眠った。誰かが顔の汗を拭ってくれた。起きるたびに。
明け方、それがハロウだとわかった。
「ハロウ?」
ハロウはとても驚いたようで、手に持っていた箱をからからと取り落とした。顔色がもう青白くて(明け方の頼りない光のせいかもしれない)、ハロウのほうが病人みたいだった。
まだ辺りがやっと薄明るくなって来たというくらいだったが、ランプの明かりは消えていた。
「おはよう、ストライク」
「おはよう……」
「何か飲みますか。イグナシオもジョーも寝ているので、お湯を沸かしたりはできないけど」
水でいいよ、と言うと、ハロウは水差しからコップに水をついで渡してくれた。冷たい水が気持ちよかった。
「チップは?」
「彼は夜も昼も関係ないみたいで、2,3時間前に起きて廃墟を見に行きました」
猫だからなあ。
でもハロウはチップと違って夜行性じゃないはずなので、寝ていないのは気の毒だった。
「寝てないだろう」
ハロウに言うと、ハロウはとてもそっけなく「気にしないで下さい」と言った。
「僕には何もできませんから」
「でもさ」
俺は助かったよ、とストライクが言うと、ハロウは窓を少しだけ開けて空気を入れた。
空気は新しく、冷たくてとても攻撃的だった。風の音がひょうと鳴って、ハロウは窓を閉めた。
「僕は以前やり損なったことを今やってみただけなんです」
ぜんぜんあなたのためにやったのではないのです、ごめんなさい。
とハロウは続けた。
やっぱりハロウはとても変なやつだ、とストライクはつくづく思った。
まだ太陽は東の空に気配しかなくて、おまけに曇っていたので、窓際のハロウはモノクロームの写真のように見えた。