(5)
イグナシオは、ストライクの具合がよくないと見て、すぐに女の子(ジョーという子だったらしい)と一緒にベッドを作りに行ってしまった。
「昔はかなり大規模な教会で、牧師もたくさんおりましたので、部屋はたくさんあるのです」
ハロウにはなんだか甘える気もなかったというか、箱を手に入れてからその先のことを全く考えていなかったので、不思議な気持ちがした。そもそもこの箱が開かないなんて思っていなかった。確かにヒントはあいまいだったけど、きっとその箱を目の前にすれば、なんとなくわかるんじゃないかと思っていたのだ。
ぜんぜんわからなかった。
僕はきみと一緒にいて一体何を聞いて何を見ていたんだろう。
ストライクがハロウの横でぼんやりとしていた。
「眠いですか?」
「だるい」
何かお話でもしましょうかと言うと、ストライクははははと笑った。「どいつもこいつも何考えてんだよ」
でもそう言いながらもストライクの前髪は汗で湿り、顔は赤くて苦しそうだった。
辛そう。
ハロウはストライクの顔をきちんとはじめて見た。三日間も一緒にいたのになんだか全然わからなかった。ずっと夢の中にいる。ストライクは熱のせいかもしれないけどえらく幼く見えた。もしかして17,8くらいかもしれない。それでもしっかりしてる。僕なんかよりずっとしっかりしてる。
「まだ寒いですか?」
ストライクはちょっとだけ頭を横に振った。
「頭痛くありませんか?」
「だいじょうぶ」
あの子もよく熱を出していた。
最初の頃は熱が出たからと言われると、今日のお見舞いはまた今度、ということになったけど、だんだん熱が出ても、ちょっと具合が悪くても点滴の管がついていても、僕にそのままお見舞いを許してくれるようになった。
「なあ」
ストライクが真っ黒な目でハロウを見上げた。
「なんでそんな親切なの?」
「親切かな」
僕は親切じゃないよ。
「親切なんでしょうか」
チップはロッキング・チェアの上で丸くなっていた。寝ているのかどうかはわからない。
「なんかいろいろしてくれるだろ。紅茶とか。寝かしてくれたり」
箱を手にとってスイッチを押してみる。「パスワードをどうぞ」女の声が響く。
やっぱりわからない。
何も思いつかないまま赤い光がもうおしまいだと言う。
「半年前まで、病人の女の子のところによく行ってたから」
もう何もかもおしまいです。あなたは何一つわかっていない。
「それだけです。慣れてるだけ」
「最近は行ってないのか?」
「もう行きません」
はやくイグナシオとジョーが帰ってきてくれればいいのに。
「どうして?」
どうして来てくれなかったの、ハロウ・ストーム。
「…………どうしても」
ハロウがストライクから目をそらすと、ストライクはまずいことを言ったと思ったらしく、「ごめん」と言って背を向けた。
暖炉の薪がはぜる音と、雪が屋根から落ちる軽い音だけが、暫くその狭い部屋の空気を震わせていた。
こちらこそ謝らなければいけない。
僕はこんなところで箱を開けることもできず何をしているんだろう。こんなちゃんとした人たちにいろんなことをやらせて。
そしてドアが場違いに朗らかに開き、天使のような笑顔でイグナシオとジョーが戻ってきて「ベッドの用意ができましたよ」と言った。
ハロウがストライクに手を伸ばすと、ストライクはばつが悪そうにその手を取った。
「ありがとう」
ハロウが「ありがとう」と返すと、ストライクはとても不思議そうな顔をした。