(4)
足は熱を持っているようだった。
化膿したら面倒だな、とストライクは思いながら軽く服の上から傷口にふれた。熱い。自分の手がとても冷たい。
「この部屋寒いな」
ストライクが言うと、チップがめんどくさそうに目をあけて、
「そうか?」と言った。
「お前は猫だからわかんねーだろうけどさ」
マントを羽織って丸まってみても寒気は一向に収まらない。ハロウはコートを脱いで箱をいじくりまわしていた。
「ハロウ、寒くねーの?」
暖炉は確かにちゃんと燃えて、部屋は暖まりにくいほど広くはない。むしろ狭い部屋に、二人掛けのソファとロッキングチェアと背もたれのない低いいすと小さなテーブルがぎゅうぎゅうにつまっているという格好だ。ハロウがストライクが体を預けているロッキングチェアに近づいてきて、ふとストライクの額に手を当てた。
スゥさんもこんなことをしてくれたな、と、少しストライクは目を細めた。今回は残念なことに相手がハロウだが。
「ストライクさん、熱があるんじゃないですか?」
どうやら面倒なことになったみたいだ。
ハロウはストライクの返事を待たずに、チップと女の子にソファを開けてもらい、ストライクに肩を貸して寝かせると、毛布とストライクのマントと自分のコートを上にかけた。
「おにいさん、病気なの?」
女の子が心配そうに覗き込んできた。
「そんな大した事じゃねえよ。大げさだ」
とは言うものの、寒い。
「水分を取った方がいいかもしれない。何か頂けますか?」
ハロウが女の子に言うと、女の子は「こっちにきて」と言ってハロウをどこかに連れて行った。
チップまで寄ってきて「上に寝てやろうか」と言った。
「いらない」
さすがに笑ってしまう。でもチップはすごく真剣そうだった。下水道を歩かせた責任を感じているのかもしれない。
「あとで包帯替えてやるよ」
「自分でやるよ。それに包帯の替えなんて持ってきてないだろ」
チップのしっぽが力なく床に落ちた。なんだかチップがかわいそうになった。ただの猫みたいだ。思わず頭に手を伸ばすと、チップは黙って撫でられてくれた。やがてハロウが白いカップを持って女の子と戻ってきた。
「コップに中身は入ったままなんだろうな?」
チップが言うとハロウは
「おかげさまで」と言って、チップに見えるようにそっとお盆を下に下ろした。中身は紅茶だった。たっぷり入っている。
ストライクがちょっと体を起こすと、ハロウはその熱いカップを手元まで持ってきてくれた。
体にじんと温かいものが入ってきた。ハロウは背もたれのないいすをソファの脇まで引きずってきて腰を下ろし、また箱をいじくりだした。
「痛いとか、辛いとか、何か欲しいものがあったら言って下さい」
おぼっちゃまのくせにずいぶん気を回すじゃないか、とストライクは少し感心した。
その時、廊下を誰かが走ってくる音がした。
「ジョー?」
目を向けると、えらく綺麗な人間が息を弾ませて部屋に走りこんできた。ストライクと同じ黒い髪だが、背中まであるようだ。なんというか輝きが違う。つやつやとした巻毛。色が白くて目も黒く、金糸で縁取りされた、重そうな濃い紫色の法衣が雪のしずくできらきらしている。まるでつくりものの人形みたいに綺麗だ。
「牧師さま!」
小さな女の子がてててと走って行ってその足元にしがみついた。
「ジョー、心配したのですよ。どこに行っていたのですか」
「街に、いったの。そしたら、日が暮れちゃったの」
「そちらの皆さんは?」
「あたしを、送ってくれたの」
どうやらこれが女の子の言っていた「牧師さま」らしい。頭のてっぺんがハゲたおっさんを想像していたのでかなり驚いた。
「そうでしたか。どうもありがとうございます。私はイグナシオ。この教会で神にお仕えしているものです。ジョーがお世話になりました」
そしてにっこりと笑った。まるで彫刻だ。絵だ。
熱が高くて冷静に見えてねえのかも。
「そちらの方は具合がお悪いようですが?」
牧師はストライクに近づいて屈みこむと、ストライクの頬にそっと触れた。
髪がさらさらとストライクのあごをくすぐっていく。
「熱がおありのようですね」
間近で見てもやはり綺麗だった。ぜんぜん見間違いじゃない。むしろ肌のきめ細かさだとか、まつげの長さだとかまで見えた。世の中にはこんなのがいるのかよ。
チップは、牧師とハロウとストライクを順番に見て、
「同じ人間とは思えない」
とつぶやいた。