(3)
コロニーはチップたちの町から東に10キロほどのところにうち捨てられていた。
かつてはドーム状の巨大な居住区だったはずであり、何万人という人間が暮らしていたはずだったところだ。でもいまはだれもいない。
ドーム(だったはずの部分)に踏み込むと(車は入れなかった)、遺跡か豪華な墓場のように見える瓦礫の山が薄く雪を被っていた。ところどころ雪が下から発光している。
「あれは何が光ってるんだ?」
チップが聞くと、女の子は得意げに「遺跡の、チクコウタイが光ってるのよ!」と言った。
チクコウタイってなんだろう。
「昼の、おひさまの光を溜めて、夜光るものよ」
ストライクもハロウに肩を貸してもらって、獣道のような、やっと人一人が通れる分だけ瓦礫が避けてある道を、とことこと歩いていた。アルフに肩を貸してもらおうとしたら身長に差がありすぎたのだ。
「街にはどうやって行ってるの? 歩き?」
「そうよ。今日も、お昼から、街にいったの。でも、帰るときは、暗かったの」
こんな小さい体では街までは相当だろう。
「くるま、のったの一年ぶりなの。楽しかった!」
「そりゃよかった」
アルフは女の子の買い物袋を持ってやっていた。アルフが持つと買い物袋はまるでアメ玉の袋みたいだった。
20分ほど歩くと正面にとても大きな教会が浮かび上がった。チクコウタイとやらが外壁に埋め込まれているらしく、本当に暗闇の中に薄緑色の細かい模様が光っているのだ。
「すごい」
「すごいなあ」
「綺麗ですね」
「でかい」
小さな女の子はとても嬉しそうにうふふふふ、と声を上げて笑った。
「きれいでしょ。私も大好きなの。牧師さまが、いるはずだから、みんな、あがっていって」
教会の中は見た目ほど荘厳とは思えなかった。外と同じくらい寒い。それに暗い。
「おかしいわ? 牧師さまが、いるはずなのに」
女の子がたたたと奥に走っていった。何かにぶつかって転ぶ音がした。
「いたた……」
「明かりつけてやろうか。マッチは?」
チップが見かねて声を掛けた。
「右奥に、とびら、見える?」
「見えるよ」
「その、とびらの、横の、棚のなか」
チップがまずその奥の扉の横のランプに火を灯した。小さな劇場みたいな、でかい教室みたいな部屋だった。正面はひらけていて、突き当りが舞台のように一段高く、両側に背の高い燭台が左右対称に置かれている。そしてその舞台までまっすぐに続く道の左右に、長く質素な机とベンチが何列も並んでいた。
天井が高い。上には何か装飾が施されているようだが、そこまで蝋燭の明かりは届かなかった。女の子はいっしょうけんめい走って奥のドアに辿り着き、「こっちよ」とアルフたちを促した。
ドアの向こうは短い廊下になっており、女の子はすぐ左の部屋に入った。あの舞台のようなところの真裏だな、とストライクは思った。
その部屋は実に生活感あふれるこじんまりとした部屋だった。でもその部屋の壁には大きなタペストリーがかけられ、それもまた薄緑色に発光していた。六芒星が円に囲まれ、さらにそれを見たこともない文字が複雑に絡んで取り巻いている。女の子はその光を頼りに今度は自分で明かりを付けた。部屋に手作りらしい小さな暖炉があって、そこにも火を入れる。
「さむい、ね。牧師さま、どこに、いっちゃったのかな」
チップが勝手にそこにあったソファに座ると、女の子はよちよちとその横に腰を下ろし、チップの尻尾に埋もれた。
「あったかーい」
チップも全く気にしない様子でソファにころりと転がった。すぐに眠ってしまいそうな勢いだ。ハロウはストライクを、近くのふかふかとしたクッションが置いてあるいすに、こわれものみたいにそっと下ろした。
「すまねえ」
「牧師さまとやらは留守かぁ」
「そうみたい。どうしたのかしら」
「アルフ、お前明日も仕事だろ。それに」
「それに?」
チップが伸びをしながら言ったので、まるで寝言のように聞こえた。
「キャリーとかほったらかしはまずいんじゃね? さすがに」
「そういえばそうかもね」
「まあ、お前は帰れよ。牧師さんが来たら『緑の頭の変なヤツがこのお嬢さんをひき殺そうとしたので保護しました』ってちゃんと言っておくよ」
「お前はどうするんだよ? あとストライクもハロウもどうする? 戻るんなら乗せていくけどまずいかね?」
ハロウは少しだけ首をかしげた。
「だめ。俺は一人でなんとかするから行けよ」
ストライクが言うとアルフとチップが二人そろってハナで笑った。
「できるもんならやってみな」
「う……」
「まあ、俺は拾ってきた責任者だから残るよ」
チップがぺろりと右手をなめながら言った。
「アルフはもう行きな。ルーとスゥにヨロシク言っといて」
「まあそうするわ。何かあったら電話しな。車で来られる範囲なら来てやるよ」
そう言って、アルフはアルフの名前と電話番号の入った名刺を一人に一枚ずつ配った。
「名刺なんかもらったの初めてだ」とストライクが言うと、「5枚くらいやるよ」とアルフが言った。
そして本当にあと5枚くれた。