(2)
おもちゃの工場ねえ、と言ってアルフはちょっと首を回した。
「あるよ。あるけど、なんでそんなところなんだ? なんかあんの?」
「こいつ箱開けたいんだよ」とチップが言った。
「箱?」
「パンドラ・ボックス。こいつ隣町でかっぱらってきたんだよ。しかも自分で開けられねーの」
「ははははは。お坊ちゃまっぽいのに泥棒とは大胆だね。中身入りか。ちょっと見せてみな」
ハロウがパンドラ・ボックスをシートごしに渡すと、アルフは片手できゅっとハンドルを切り、車を脇に寄せて止めた。
「なんかずいぶん何にもなくないか?」
ストライクも覗き込んでみた。確かにその箱には何もない。スイッチが一つだけ。あとはただの、金属のつぎのあたった銀色の箱だ。
「メーカー名もないぞ。なんだこれ」
アルフがぽちっとスイッチを押す。車の中が一瞬白い光に満たされる。
「パスワードをどうぞ」
「うーん、メーカーがわかればな。どっかおもちゃ屋にでも寄って聞いてみるか?」
アルフの手の中で箱は赤く光って黙った。パスワードエラー。
「お願いします」
ハロウはとても真剣な顔をしていた。
車は10分もしないうちにわりと大きめのおもちゃ屋に着いた。おもちゃ屋は大きめとはいえ、外からでも十分に、棚にあふれんばかりにあらゆるおもちゃが載っているのが見えた。箱がたくさん並んでいるブースもある。きっとあれがパンドラ・ボックスなんだろう。ぜんぶ。
ストライクは歩くのが面倒だったので、みんなの帰りを車の中で待つことにした。店員らしい男が見えた。メガネをかけている。アルフと何事か話した後、ハロウのハンドラ・ボックスを手にとって、つくづく眺めていた。メガネを付けたりはずしたりせわしない。10分ほどもそんなことをしていて、車の中が寒くなってきたころ、3人が戻ってきた。
「すげえよ。メーカー製じゃないとよ」
アルフがにやにや笑いながら言った。
「困ったな」
ハロウがはっきりとため息をついた。よほど期待していたのか。
「まあ、盗みに入った家がからくり師の家だもんなあ。からくり師が作ったのか……」
チップまで残念そうにしている。
「もう壊して無理に開けちまえば?」
「ダメなんだと。やっぱさ、おもちゃなわけじゃん。入ってる記録装置がちゃちいから、開けてる間に壊れて記録は消えちまうだろうって。まあこれ、手作りだとしたらどんな記録装置が入ってるのかわかんないから、もしかしたら大丈夫かもしれないけど」
「あのからくり師の家に訪ねていって聞くか。『どうやって開けるんですか』」
チップが言ってカカカと笑った。
「行ってもたぶん開けてくれないですし、恐らくこれを作ったのはリシュリュー・エウリディクでしょうが、彼もパスワードをご存知ないと思います」
「開けてくれないってのはドアを? 箱を?」
「両方です」
まあ、盗んだ家に玄関から入りなおして頭下げるってのは無しだろうよ。
「パスワードを誰か知らないのか? この箱を閉じたヤツはからくり師とは別なんだろ?」
ストライクが聞くと、ハロウは感情が蒸発してしまったようにしゅっと無表情になった。「困った」も「残念」もなかった。
「…………その人はパスワードそのものは教えてくれませんでした。パスワードは『私のお気に入り』だと」
ひまわり。ゆりの花、キャンディ、チョコレート。オリオン座。そういうことか。
「『私のお気に入り』って一回言ってみたら?」
チップが言ったので、ハロウはスイッチを押して言ってみた。「パスワードをどうぞ」
「私のお気に入り」
次の瞬間、車がふらっと右に大きく揺れたので、ハロウはストライクとチップに潰されることになった。
「あぶねえあぶねえ」
アルフは車を急停車させると運転席から飛び出して車の後ろに走っていった。誰かを轢きかけたらしい。
箱は赤く光った。パスワードエラー。
「おい、怪我してねえか?」
ちょうど後部座席の真後ろにいるのでアルフの声はよく聞こえた。
「いや、あのね、俺は怖くないから。な、大丈夫? 立てる?」
チップが外に飛び出して行った。「どうしたんだ?」
ごにゃごにゃと二人で話しこんですぐにチップは小さな女の子?を助手席に連れて来た。女の子?はその体にしてはでかい袋を抱えてひどく震えている。ハロウがまたえらく面倒な手順を踏んで、アメ玉やら紙ふぶきやらを散乱させながら(「それ片付けろよ」とアルフが釘をさした)毛布を取り出して渡してやった。
「そのトランク使いにくくね?」
「でもものがたくさん入るんです」
そうだね。とりあえず紙ふぶきを入れておくのをやめろよ。ついでにハロウは出てきたアメ玉を女の子とチップにあげた。チップは「こんなもんいらねーよ子供じゃねーんだから」と言いつつぽんと口に放り込んだ。
「急に飛び出してきたもんで。轢いちまうかと思ったよ」
女の子は毛布にくるまってもまだぶるぶると震えていた。すごく小さい。人間の子供くらいの大きさしかないチップよりもまだ一回り小さい。何かの獣人の子なんだろう。けど、全然種類がわからない。
「ネコ? ネズミ?」
こそっとチップに聞くと、チップも首をひねった。
「ネコ……にしちゃあ鼻が長いよな。耳のでかい犬系……? でも犬系ってニオイじゃないんだよな……」
毛布からちょっと出た耳は赤みがかった茶色で、ネコの耳のようにぴんと三角だった。
「…………わ、わたし……南の教会の……かいもの、しないといけなくて」
「南の教会?」
「南の教会?」アルフはもう一度繰り返した。「この俺に心当たりがない!」
「この、街じゃないの。街のそと、の、コロニーの、きょうかい」
「コロニー? あの辺はもう無人の荒野じゃねーか。スゴいな、そんな所に住んでるのかい」
「わたしと、牧師さまで、ふたりで住んでるの。前の牧師さまが、死んだから、去年来たの」
「どうする?」
アルフがストライクとハロウに向かって言った。
「どうでも」とストライクが言うと、ハロウも微妙にうなずいた。
「じゃさ、お穣ちゃん、買い物は終わったのか?」
うん、と言って小さな彼女は持っていた袋を大事そうに抱えなおした。
「うん、でもね、暗くなっちゃって、道、わかんなくなったの」
「じゃあコロニーの教会まで送ろうか。後ろのお兄ちゃんたちは怖い人だけど、俺は優しい一般人だから安心しなさい」
「おめーの外見が一番おかしいくせによ」
チップがフンとハナを鳴らした。