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ハロウ・ストームの冒険 色烏飛行  作者: 白遠
こわれものではありません
15/81

(6)

 受話器を置くとすぐに次の電話がかかってきたので、そのままハロウがほとんど反射的に出た。


「もしもし……チップさん、ここどこでしたでしょうか」


 でもチップが店の名前を言うよりも早く、相手がハロウを遮ったようだった。


「…………ハロウ・ストームは僕です」


 それにしてもどうしてみんなハロウをフルネームで呼ぶんだろう?


 ハロウはさっき以上にぼんやりと話を聞いているように見えたが、今回は3回ばかり丁寧に相槌を打つと、「それでは」と言って電話を切った。


 平和的な電話であったらしい。


「さて」


 ハロウはチップに向き直って「電話をどうもありがとうございました」と言い、とっとと元の位置に戻ったアルフとキャリーとストライクを尻目に、さっさと上着を着てコートを着てシルク・ハットを被ってトランクに箱をつめ、すっくと向き直った。


「ウォラ・デイモンはこちらに来ると思います。僕は彼女と会いたくはないのでお暇致します」


 そしてストライクに約束どおり財布ごと手渡した。


「ストライクさん、どうもありがとうございました。あなたに出会えて僕は本当に幸運だったと思います」


 ストライクはどういたしましてと言うべきなのかわからなかった。


「キャリーさんもお手数をお掛けして申し訳ありませんでした」


 キャリーは営業的笑顔で「どういたしまして」と言った。


「アルフさんにも出会えてよかった。僕はその緑色の髪の毛が好きです」


 アルフは腹を抱えて笑いながら「そりゃどうも」と言った。


 言うだけ言ったという感じでハロウはまたくるりと身を返すと、1階に振り向きもせずに降りていってしまった。


「本当に逃げるらしいな?」


 アルフはまだ半分笑っていた。


「まあいいわ。本人を私が確認したんだから記事にはできるでしょ」


 キャリーがビジネスライクに言った。


 これでおしまい。


 いや、それでいいんだけど。金ももらったしむしろ言うことない。


 ストライクは何かひどくむずがゆいような気分だった。それでいいんだけど、何もハロウのことについて半端じゃないか。


 箱も開かなかった。なんであんな箱がほしいのかもわからなかった。さっきのものすごい電話はありゃ何だよ。くそボンボンめ。


 まあいいけど。どうでも。


「ま、なんかの縁だからその辺まで車出してやるよ。外は寒いしもう暗いしな」


 アルフが階下に下っていくとキャリーとストライクは二人きりになってしまった。話すことがないので、ストーブにかけてあるやかんが蒸気を上げる音がやけに耳についた。もう中の水はあらかた蒸発しているらしい。


「あの……ハロウってそんなに有名なやつだったのか」

「すっごく有名なのよ」

「詩人で? そんなになんつーの……すげえの?」


 キャリーは言いようのない苦笑いをした。


「詩はね……んー、私も読んだことないからなんだかんだ言えないんだけど、詩の中身の方はあんまり有名じゃないのよ。有名なのは本人もちょっと言ってたけど、お父様ね。知らないかしら、ロメオ・オーギュスト・オルフェリウス…………普通の人は知らないかな」

「ぜんぜんしらない、きいたこともない」

「古くから続いている家柄で、貿易会社の社長さんよ。というかもう何やってる人かわからないわね。最初は貿易会社の社長だったんだけど、今は新聞社も広告会社も劇場経営も飲食店もなんでもやってるはずよ。つまりどこにでも顔が利く大物なのね。ハロウ・ストームはそのオルフェリウス氏の次男で、オルフェリウス氏の斡旋と宣伝力で詩集を売り上げたのよ」

「すげえ。ひどい。ズルい。汚い。おぼっちゃまめ」

「…………そうなの。そんな風にやっぱりね、世間も反応して、暫く各紙面でやりあってたのよ。親の七光りだって。本人は全然顔出さないし、電話でさえ何も話してくれなかった。ハロウ・ストームの顔を知っている記者なんて、ウォラ・デイモンと今の私くらいじゃないかしら」


 そうだったのかあ。


 でもならなんであんな職人町の、まあ貧乏ではなさそうにしろごく一般的な家の、ただのおもちゃを欲しがったりしたんだろう。


 まあいいや。なんでも。とりあえずハロウとはもう合うこともないんだろう。町でもし見かけたってそんなボンボンに声を掛けられるもんか。


「ま、関係ないけどな」


 その時いきなりがちゃんと大きな音がして、一面が暗闇になった。


「あっ……何?」


 キャリーががたんと木箱にぶつかりながら立ち上がる音がした。


 まさか


「おい! 伏せて!」


 ばんと窓が開く。冷たい冬の風が小雪と一緒に吹き込んでくる。

 外の街灯の明かり、家々の明かりが


「何? だれか! アルフ!」


「ストライク、早く来るんだ。お前が暴れなければ何もしない」


 明かりが黒い影を作っている。

 足が


 影が一歩近づいてくる


 足を庇いながらベッドを降りる

 暗闇になかなか目が慣れないのでどこに何があるかわからない


「もう片方の足にも射て欲しいのか」

「階段だ! 速く逃げろ!」


 ストライクはキャリーに向かって叫んだ。


 俺は

 俺はどうする?

 もう一歩。


 キャリーがほとんど転げるように階段を降りていく


 足は

 大丈夫

 動け


 近くにあった何かよくわからないものを掴んで力任せに投げつけると、ストライクは階段の方に走った


「ルー! スゥ! 来るんじゃねぇっ」


 ストライクはほんとうに階段を転げ落ちた。


 アルフが拾い上げるみたいにひょいとストライクを起こし、そのまま横っ腹に抱えて


「ちょ! アルフ! どこに」

「あんたも面白えやなあ」


 ルーがひらひらと手を振って見せたのが目の隅に映った。そのまま裏口から外に出るとアルフはストライクを車の後部座席に押し込んだ。ハロウがお行儀よくすでに座っていた。


「おう、待てよ!」


 チップまで転がるように走ってきた。


「ストライク、その格好は犯罪だ」

「あ」


 チップはストライクの服と、マントと、ベルトにつけていた道具一式を持ってきてくれていた。


「あんたは? 彼女なんだろ? キャリーさんて! ルーとスゥがやばいし」

「落ち着け落ち着け。あの階段は一階にドアがあって閉められるんだよ。なんだか知らないけどあの入ってきた変なやつはルーにもスゥにもキャリーにも会えねえってこと。賢いヤツなら諦めるね。屋根裏と二階にゃなんもねえしな。窓からヤツが飛び出す頃には犬のおまわりさんが来てるって」


 言うなりアルフはがんとアクセルを踏んで、雪がうっすらと積もっている夜の街の中に、ハロウとストライクとチップを乗せたまま飛び出した。


「さて。どこに行く? 言ったと思うけど俺は」


 ネズミよりこの町の道には詳しいんだぜ。


 やれやれ。


「どうしてまたこのメンツで一緒に逃げなきゃいけないんだ」


 ストライクが思わず言うと、


「車が1台で済むじゃねーか。なんならもう一人乗せてもいいぜ、5人乗りだ」


 とアルフが言った。





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