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その大木みたいな男と(実際体もでかかった)オレンジの髪の女は、ルーとスゥとチップの友人らしかった。
女は白いジャケットに、薄紫色とエメラルドグリーンが複雑に絡んだ色の、膝よりも少し長いスカートを身に付け、かかとの高いくつを履いていた。男の方はカーキ色のコートを着ているので、ますます森の中にいたら溶け込みそうに見える。女のほうがハロウの横にきちんと背筋を伸ばして立った。
「私、ラ・ベルっていう女性雑誌の編集者をしているの。あなたとはあなたの詩集の出版パーティで会い損なったことがあるわよ」
「僕がいかなかったパーティですね」
ハロウはいつもの無表情のくせにいつもの倍くらい無愛想になった。
「このニュースは記者に渡していいの? 警察に渡すべきなの? それともあなたのお父様に電話するのがいいのかしら」
女編集者はからかってるみたいに楽しそうに笑って言った。
「チップも面白いのを拾ってくるようになったな」
黒人の男は勝手に木箱を転がしてどっかりと上に腰を下ろし、ベッドに半身を起こしているストライクと、その横で箱を手に持って俯いているハロウを交互に眺めた。
「俺はアルフ。タクシー運転手。この町の道のことならネズミより詳しいぜ。そっちのうるさいのがキャリー。俺の彼女」
「俺はストライク。拾われた一人だよ」
おう、と言ってアルフと言う男はひょっとストライクの手を掴み、ぶんぶんと握手した。手がでかい。
「あんた結構有名人だったのか」と、ストライクが箱しか見なくなってしまったハロウに声を掛けると、ハロウはかなり考え込んだ様子で「僕が有名なのではないです」と言った。
「そちらのキャリーさんはご存知だと思いますが、僕が詩集を出したのは僕の父が出版社に無理に出させたというのが本当のところで、僕は本当なら、いなくなったくらいで新聞に載ったりしない人間です」
キャリーは苦笑いして名刺をハロウに差し出した。
「ともあれ、キャリエッタ・スワンクです。お知り合いになれて光栄です、ハロウ・ストームさん」
ハロウは下を向いたまま目の前に差し出された名刺を受け取り、暫く眺めていた。
「ちょうど昼間に編集部の子があなたの行方不明事件のことを話していた矢先だったから、驚いたわ。あなたの追っかけ記者の人が、各局に電話をかけまくってるらしいわよ」
「ウォラ・デイモンが?」
ハロウはその時初めて顔を上げた。
「ええ。かなり必死みたいだったって。すごいわね。1作しか出版してないのに、張り付き記者がいるなんて大物ですね。残念ながら私はハロウさんの詩集を拝読していないのですけど」
アルフがあくびをひとつした。キャリーとハロウの話がつまらなかったようで、ストライクに話しかけてきたが、ストライクはハロウとキャリーが気になって仕方なかった。
もしかして最初に思っていたよりもこいつ金づるなんじゃないか?
生返事を返すとアルフは、「堅い話嫌いなんだよー」とブツブツいいながら階下に降りていった。
「ウォラ・デイモンと連絡を取ることはできますか?」
ハロウが決心したように言った。
「私は彼女のこと直接は知らないのよ。だから……編集の子に連絡してもらうしかないわね。ここにいるって教えてあげるの?」
「できればここにいることは伏せたいのですが」
キャリーは何度が頷いて、脇に挟んでいた大きめの白いかばんから手帳を取り出すと、何かをさらさらと書き付けた。
「でもね、折り返し電話をもらわないといけないかもしれないから、ここの電話番号はバレると思うわよ。あなたが一番知ってると思うけど、電話番号がばれたら、まあウォラ・デイモンなら、住所割り出して駆けつけてくるかもしれない。すぐに。それでもいい?」
ハロウは目の錯覚かと思う程度に少しだけ頷いた。
「それに、私だってうちの記事としてすっぱ抜けるもんならそうしたいのよ。行方不明の詩人ハロウ・ストーム発見! てね。だから悪いけど記者の子には言うわよ。あなたがここにいるからって。その子が取材に来ることになるかもしれない。それでもいい?」
ハロウはちょっとだけ考えて「お願いします」と言った。
「でもその前に僕が逃げ出しているかもしれませんよ」
キャリーは冗談だと思ったようであははと笑ったが、あの箱を人の家からかっぱらったことを考えると、ストライクには冗談には聞こえなかった。しれっとした顔してるけど前科一犯だぞこいつ。人のこと言えないけど。
アルフがビールを半ダースとスライスしたサラミを持って戻ってきた。階下からルーの声が聞こえた。(「アルフ!そいつはピザ用だ」)
「ところでアルフさん」
「なんでしょうハロウさん」
「その髪は地毛ですか?」
アルフは飲みかけたビールの最初の一口を思い切り鼻に逆流させた。