1/81
(あるいははじまり)
彼が突然ぼくのドアを叩いたのは4年も前の話だ。
ぼくはその頃まる一年かけて赤毛の青年の物語を語り終えたばかりだったので、その青白い、深刻そうな顔をした青年のことがさっぱりわからなかった。「あなたはだれ?」とぼくが聞いても、彼は暫くのあいだ応えてもくれなかった。ただ邪魔にもならなかったので、ぼくは彼をそのままぼくのドアの内側にほうっておいた。
そうしていると彼はだんだん自分のことをぽつりぽつりと話し始めた。
彼はまず自分の名前を語り、
彼をとりまく人々について語り、
彼自身の思うことを語った。
そして彼自身の物語について3年もかけて少しずつぼくに話をしてくれた。
ぼくが相変わらずぼくのドアの内側で彼とぼんやりしていると、彼は黙って立ち上がってそっとドアに手をかけた。
「行くのかい」と僕が言うと、彼は見間違いかもしれないと思うくらいかすかに頷いて、きゅっと帽子を目深に被り、こつこつとくつの音を控えめに立てて歩き出した。
ここからは彼のものがたりなのだ。