異種族交流、始めました
ガブルズさんたちゴブリンの住処にお邪魔した翌日。顔合わせをするべく、集落の人々とゴブリンの方々全員に集まってもらった。
中央のテーブルには人族代表のモロウさんと、ゴブリン族代表のガブルズさんに向かい合って座ってもらっている。
そして私は、テーブルのすぐ側に立っている。
「本日はお忙しい中、ご列席を賜りまして、まことにありがとうございます。司会進行並びに立会い人を務めさせて頂きます、名も無き女神の御子でございます」
今行なっているのは、まあ先述のとおり顔合わせなんだけど、折角だから儀式めいたことを行いたいなと考えて、わがままを言わせてもらった。
ただの口約束でも、まあ問題はないかなと思った。そこに女神様が立会うことで、同じ信者同士、より結束を固めることができるんじゃないかなーと愚考した次第。
「それでは調印式を執り行いたいと思います。女神様の奇跡をここに」
いつもの祈りのポーズとともに、ほいさー!
キラキラした光の粒子が参列者の頭上に降り注ぐ。このエフェクトまじ便利だけど、マンネリ化しない様にバリエーションを増やさないと。
「これで、お互いの言葉がわかるようになったはずです」
みんなが驚きの顔を浮かべる。異世界に来てからというもの、驚き顔を何度見たものか。正直驚かせるの楽しいからもっと驚かせていくぞ。
「本当か? あー、俺はこの村の代表者のモロウという」
「うむ、わかるぞ。オレはガブルズ。人と話せるとは、何とも不思議な感覚だな」
ガブルズさんや、あんた方は人に扮してる私と既に会話済みでしょうが。ナチュラルに私を除外しないでくださらんかね? それとももしかして女神ってバレてる? いやまさかね。
「全くだ。女神様の奇跡ってのは、本当に常識はずれだ」
よせやい、照れるぜ。
「まずは謝罪をさせてもらおう。人族の集落に食料目的で立ち入った件、申し訳なかった」
ガブルズさんがテーブルに手をついて、頭を下げている。ゴブリンも謝る時は頭を下げるんだね。種族が違えば謝り方も違うのかなーと思ったけど、そこは人間と大差ないのか。体の作りが似てるからかな?
そんなゴブリンに、モロウさんが目を見開いている。
「驚いたな。言っちゃ失礼なんだが、あんた達ゴブリンってのは、もっとこう、野蛮な生き物なのかと思ってたよ」
おおおおい!! 本当に失礼なやっちゃな!!! もっとオブラートに包みなさい!
「オレ達はこんな身なりだからな、野蛮と思われても仕方ない」
ガブルズさんが自身の皮の腰巻を指差して言う。懐深ぇなぁ。モロウさんはもっと見習いたまえ。
「違えねぇ。がはははは!」
がはははは、じゃねえええええ!!
ガブルズさんも笑ってくれてるから良いけど! なんで私がこんなにハラハラせにゃならんのだ! あ、私が儀式めいたことやりたいって言ったんだった! ちくしょう!
私がヤキモキしてる間にも、滞りなく、穏やかーに会話が続いていく。もう私も気にせんぞ。
「食料の件についても助かった。これで子らが飢えずに済む」
「良いってことよ。元々女神様と御子さんが何とかしてくれた物だしな。礼は女神様にでも言っときな」
「そうか。では、この集落のニンゲンとメガミサマ、それにミコに感謝の祈りを捧げよう」
ほうほう、中々いい雰囲気ではなかろうか。言語の壁ってのはやっぱり大きかったんだねぇ。言葉が通じるだけでこうなるとは思わなかったよ。それに魔物と人間っていう、そもそも種族が違うっていうのがネックだった。魔物の種族によってはこうも上手くはいかないかも知れない。ゴブリンという、人間に比較的近しい種だったから上手く言ってるんだろうな。
いい具合に話も途切れたし、ここらで女神様の出番といきましょうかね。
「では、そろそろ調印に移ります。こちらを」
三枚の用紙を宙空から取り出して、テーブルに乗せる。それら三枚の用紙には、次の様な内容が記載されている。
困っていることがあったら、お互いに助け合おうね。
要約するとこれだけである。もうちょっと契約書に書かれてる文言みたいに堅苦しくはあるけど。
「双方、この内容に問題はないですね?」
「ああ」
「うむ」
「また、この内容は双方の合意のもと、変更又は破棄を行うことができます。以上に納得された場合は、記名と拇印をお願いします」
これまた奇跡で羽ペンを二本取り出す。インクにペン先をつける必要のないボールペン仕様の羽ペンである。ガブルズさんは字が書けないので、羽ペンによるアシストで全自動で記名が行われるハイテク製品だ。
誓約書を交換しつつ、計三枚に署名と拇印をしてもらった。
「書けたぞ。ところで、署名の所の三人目は誰が記入するんだ?」
「こちらは女神様にご記入頂こうかと思っていますが……まだお名前がないんですよね。というわけで、拇印だけ頂戴しましょう」
マンネリ化しつつある光の粒子をほいさーと出す。光が誓約書に集まり、収まる頃には女神様の拇印が空欄となった署名欄の横に出現している。
おおおお、という歓声が列席者からあがる。半ば見飽きた光景かと思ったけど、まだまだ捨てたもんじゃないね。
「それでは各自一通ずつ保管してください。因みにこの紙、煮ても焼いても破れません」
私は私で誓約書を大事に懐に入れる。
「これにて調印式を終了します。これからはお互いに協力しあって暮らしていきましょう。みなさんお疲れ様でした。ではこの後は」
そして懐から一升瓶をにゅっと取り出す。
「飲んで歌って騒ぎましょう」
酒を飲み交わせばみんなお友達ってね。レッツ飲みニケーション。あ、子ゴブリンには果汁百パーセントのりんごジュースね。
因みに今回の調印式で行った、一人分を空白にして捺印だけをする方式は、後に女神立会方式と呼ばれて重要な契約などにしばしば使われることになった。黒歴史が流行るとか拷問か。どうしてこうなった。
そして一週間後。雨風が凌げれば問題ないってレベルではあるけど、順調に家屋が建ち始めている。
それもこれも、ガブルズさんとその息子さんの奮闘のお陰である。もうね、ゴブリンのこと侮ってたわ。大人数人がかりの所を、小学生低学年くらいの背格好の二人が伐採した木を担いで運ぶからね。圧巻の一言だわ。魔物と呼ばれ、恐れられる理由もわかる気がする。しかし、今はそれが頼もしいことこの上ない。
そんなゴブリンズの頑張りもあり、木材の運び出しは実にスムーズに行われている。
木の切り出しと運び出しは順調に行われているものの、建築はそうもいっていない。単純に人の手が足りていないのだ。
食料事情も改善され、少しではあるけど家も建ち始めた。そろそろ村人の受け入れを始めるべきでは、という話が集落内で浮かび上がってきた。中には単身赴任の如く、妻と子を置いて来ている人も居るらしい。が、今必要としているのは男手なので、まだ暫くの間は一緒に暮らせないだろう。どんまい。
そんなこんなで連絡員として一人、集落から村への派遣が決定された。
連絡内容は、「食料に関する問題が解決したこと」「受け入れをするための家屋の建築のため、人手が必要なこと」の二点。
もう二つほど問題点があるが、これは下手に報告するより集落に来て見てもらわないと、納得も難しいし拗れそうな気がする。問題が何かって? 私とゴブリンのことだよ、言わせんな恥ずかしい。
そんな諸々を言い含め、村へ向けて出立するグルーレ君の見送りに、集落の端っこに来ている。
「グルーレ、ヘマぁすんじゃねぇぞ」
「わかってますよ。早ければ明日の夕方には人連れて戻って来ます」
村は集落から徒歩で半日程度の距離らしい。近いと見るか、遠いと見るか。あんまり近すぎると、領主から見つかりやすい気もするんだけど。
「グルーレさん、重ねて言いますが」
「わかってますって。御子様とガブルズさん達ゴブリンの事は内密に、でしょ?」
「ええ、くれぐれもよろしくお願いします。女神様のご加護があらんことを」
道中、魔物に襲われないかが心配だから、魔物避けの奇跡を行使しよう。ほいさー。
キラキラした光の粒子にグルーレ君は包まれた。行きと帰りくらいは余裕で持つはずだ。
信仰の力の消費量が思っていたほど多くないから、集落周辺に魔物避けの奇跡を使ってもいいかもしれない。ガブルズさん達にどんな影響があるかわからないから、試験運用は必要だけど。上手くいけば魔物問題も解決するもんね。頭いいわ、私。
「あ、ありがとうございます、御子様!」
「どういたしまして。それでは行ってらっしゃい」
「しっかり頼むぞ」
「はい! 行ってきます!」
さて、今日もお仕事頑張りますかね。