御子様がそう言うなら
集落の人達の説得は思いの外さっくりと終わった。曰く「御子様がそう言うなら」だそうで。意外と信頼されてるようで嬉しいような怖いような。
但し、護衛として二名、私と同席するならという条件付きだ。建築組のモロウさんとヤークさんの二人だ。
今は私と建築組の二人とゴブリン一人の計四人で、モロウさんが使用している家にお邪魔している。
「さて、何となくお察しかとはお思いですが、あなたについては私預かりという形に落ち着きました」
「うむ、わかっておる」
「それは何よりです。それでは、ゴブリンさんのご事情を伺っても?」
「ああ。その前に、殺さずにこの様な機会を設けてくれたことに対する礼を言わせてもらいたい。ありがとう」
このゴブリン、人が出来ているなぁ。いや人じゃなくて魔物だっけ。ところで魔物の数え方ってどう数えるんだろう。匹だと、このゴブリンには失礼な気がする。まあ今考えることではないか。
「どういたしまして。では早速ですがゴブリンさんに質問を」
「オレはガブルズと言う」
「失礼。ではガブルズさん、あなたは何の目的で集落を訪れたのですか?」
「食料目的だ。普段は野生生物の狩猟や木ノ実など自然の恵みで生計を立てているのだが、狩猟の相棒である息子が怪我をしてしまって狩りがおぼつかず、また、自然の恵みも何故だか不作という有様でな」
「食うに困って、集落の食料をこっそりと頂こうとしたってわけですか」
「……息子夫婦には小さな子がいてな。オレの家系は戦士の家系。どんなに誇り高くても、それで飯は食えん。どんな泥を被ってでも、食料を調達する必要があった」
ふむふむ。事情はよくわかった。
こうして話を聞いてみると、なんだか人間と変わらないね。ゴブリンにも家族がいて、必死に守ろうとしている。
もうこの時点で、私は彼らを助けようと思ってる。もちろん、盗みを働こうとした罰則は必要だろう。助けるのもタダではない。信仰はしてもらうよ。ただ、念の為に聞いておくことがある。
「話は変わりますが、私はあなた達ゴブリンという種に対しての知識に乏しいです。よければ教えてください」
「それくらい構わんが。何が知りたい?」
「まずは食生について。野生生物の肉と木ノ実以外だと何食べます?」
「野菜や魔物の肉だな」
「魔物の肉ですか。因みに人の肉は?」
「食ったことがない。あまり食いたいとも思わん。よほど食う物がなかったら、わからんが」
流石に人間を常食してまーす、とかだったりしたらマズイけど、食料が不足してなければ問題にならないだろう。
「では次です。私みたいな人間の女を見てどう思います? 孕ませたいとか考えます?」
ガブルズさんの表情があからさまに変わった。具体的には何言ってんだこいつって表情。私だって止む無く聞いてんだよこんちくしょう。
「で、どうなんです?」
「……なんとも思わん。オマエ達人間からしてオレ達ゴブリンはどう見える? 性交したいと思うか?」
「思いませんね」
「それと同じことだ」
めちゃくちゃ説得力ある。けど人間には色んな人がいるからなぁ。ゴブリンに欲情する人もいるかもしれない。逆もまた然り。お互い合意の上ならいいけどね。
それは置いといて。少なくともこの世界のゴブリン達は、食用的にも性的にも人間には手を出す可能性が限りなく低いということがわかった。
「勉強になりました。最後に一点。ガブルズさんのご家族は全部で何人ですか?」
「オレを含めて七人だが」
「ありがとうございます。では最後にご提案があるのですが」
「聞こう」
「この集落で一緒に暮らしません?」
とは言ったけど、いきなり一緒に暮らしていくなんてことは無謀過ぎるので、相互に協力しませんか? となった。
ゴブリンは力持ちらしいので、集落の建築の際は力仕事を依頼する。こちらは報酬に食料を渡す。お互いに得るものがあり、これぞウィンウィンの関係である。
お互いに歩み寄るのは大事だからね。相互理解を推し進めて行き、最終的には困った時に、お互いに助け合える関係性になってると嬉しいな。
というのを集落の人々に相談した。ゴブリンの事情も話した上でね。そしたらさ、また「御子様がそう言うなら」だってさ。確かに今回の件は私預かりになったけども。もうちょっと不服の申し立てとかあってもいいんだよ。信頼が重い……!
ということで、割と食料に困ってるっぽいガブルズさん達のことを考えて、報酬の前払いを行うことにした。報酬はもちろん芋である。
大人数で押し掛けても混乱を生むだけなので、ガブルズさんと私の二人で芋を持てるだけ持って、彼らの住まいにお邪魔することになった。
森に入って道無き道を進むこと凡そ三十分。意外と近場に彼らの住処があった。小さな洞穴の前には、焚火の跡が残っている。
「戻ったぞ」
「おう、お帰りオヤジ……っ!?」
ややあって、洞穴の中から一人のゴブリンが出てきた。まさか人間と一緒に戻ってくるとは思わなかったんだろう、すごく驚いた表情をしている。まあ私女神なんだけどな。
「あ、初めまして。ちょっと理由があって、ご協力頂きたい件がありましてお邪魔しにきました」
「しゃ、しゃべった!? ニンゲンが!?」
あ、やっぱりそこは驚くポイントなんだ。ガブルズさんも隣でウンウンと頷いている。まあ私もゴブリンが話してるの見てビックリしたからお互い様だよね。
「話がある。みんなを連れて来てくれ」
「あ、ああ。わかった」
どこか釈然としないままのガブルズさんの息子さんと思われるゴブリンは、洞穴の中へと引き返していった。
程なくして、六人のゴブリンが洞穴から出てきた。みんな、私を見てビックリしている。
「ニ、ニンゲンなんか食べてお腹壊さないのかい?」
なんか女性っぽいゴブリンさんが心配そうに言うけど、私、食料じゃないから。
「このニンゲンは食べる為に連れて来たんじゃない。実はだなーー」
そう言って、今回の顛末を語り始めるガブルズさん。思ったけど、ゴブリンも人間相応に知能が高い。これで力も強いってんだから、こんな所で暮らしているのも不思議な話である。人間と同等の暮らしをしていてもおかしくないんじゃないかな。
などとぼんやり考え事に耽っていると、ガブルズさんのお話が終わったらしい。ゴブリン達の胡乱な視線が私に突き刺さる。
「皆さん、初めまして。集落を代表して、私が挨拶に参りました。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、やっぱりみんな一様に驚いてくれる。ゴブリン語を話せる人間ってのはよっぽどレアというか、ゴブリンとコミュニケーションをとろうって人がいなかったんだろうなぁ。
「それで、こちらはご挨拶代わり兼前払い報酬の芋になります」
肩に担いでいた麻袋を丁寧に下ろして、中を開けて見せると、感嘆の息が漏れた。
「で、でも、これ、食べて大丈夫なのかい? 毒が入ってて、お腹壊したりしないかい?」
さっきから食中毒の心配しかしてませんねぇ。てか毒盛られても腹痛で済むんですかゴブリンって。すげぇな。
「ご心配もごもっともです。実は、別件でお願いもあってお邪魔したんです」
ガブルズさんは、それ初耳だぞみたいにギョッとしてる。ごめん、言い忘れてた。
「実は私、ある女神様の使いでして、女神様の信者になってくれそうな人を探してるんです」
「メガミサマってなーに?」
おっと、子ゴブリンには難しかったかな? と思いきや、ガブルズさんですらピンと来てなさそう。ゴブリンには信仰という概念がないのかな。
「女神様っていうのはね、みんなが困っている時、助けてくれる存在なんだよ」
子ゴブリンと、ついでにこの場にいるゴブリン全員に、簡単に説明する。
「メガミサマ、すごいー」
「そうだよーすごいんだよー。でもね、助けてくれるのは、毎日を頑張って過ごしている人にだけなんだよー」
ここでも予防線はしっかり張っておく。問題ないとは思うけどね。頼りにされるのは嬉しいけど負んぶに抱っこは嫌だし、彼らの為にならないからさ。
「ということで、この芋には女神様の信者になってみませんか? という魂胆も含まれているわけです。そこでガブルズさんの息子さん」
「オ、オレ?」
「そうです。怪我をされていると聞きました。どの辺りです?」
「右足だけど……」
確かに、足首の辺りが腫れている様に見える。
「今から女神様にお願いをして、あなたの怪我を治して頂きます」
ついでに、わざわざ怪我を治してあげるのに、毒で苦しめる様な真似はしませんよというアッピルもしておく。まあ、元々怪我は治すつもりでいたけども。
「そんなことができるのか?」
流石のガブルズさんも、これには不信だ。まあ仕方ないっちゃ仕方ない。モロウさん達の時もそうだったし、今後も事あるごとに通る道なんだろうなぁ。
「はい。そして、彼の足が治ったら、みなさんには是非、女神様に感謝を捧げて頂きたいのです。そして、今後の日々の糧についても同様に、女神様への感謝の祈りを捧げて欲しいのです」
「ふむ。それが本当にできるのだとしたら、容易い事だ。みんなもいいな?」
ガブルズさんが全員に問うと、みんな頷き返してくれた。七名の信者、ゲットだぜ!
ブクマ並びに評価をしていただきまして、ありがとうございます。
ゴールデンウィークも終わる為、今回の投稿分以降、亀更新になるかと思われます。
気長にお待ち頂けると幸いです。