芋フェス
「こ、これは……」
ふふふ、驚きに目を見開いておるわ。まあ、こんな魔法じみた奇跡を見たのも初めてだろうから致し方ないよ、うん。
「一つ収穫して、きちんと生ってるか確認してみてください」
これで芋ができてなくて信仰だけされちゃったら詐欺だもんね。そこはしっかり見てもらおう。奇跡の力を疑ってるわけじゃないけど大事なことだと思う。
「あ、ああ」
赤髪の男性は狐につままれたような顔をしながらも、畑の端っこにある芋を素手で掘り返し始めた。ワイルドだなぁ。
「お、おおおおお!」
赤髪の男性が吼えた。と思ったら蔓を引っ掴んで芋を引っこ抜いた。一株あたり七、八個のかなり大きなさつまいも状の芋がくっ付いてる。ちと育ちすぎたかね?
だけど、周りはそんな事どうでもいいらしく、ワイルドに収穫された芋を見て大歓声をあげた。
「す、すげえ!」
「見ろ、すげえ大きさだ!」
「いや数も多いぞ!」
みんなして子どものように、わあわあ騒いで喜んでいる。ここまで喜んでくれるなら、倦怠感を感じるまで奇跡を使ったか甲斐があるってものよ。
しばし集落の人々の騒ぎっぷりをぼんやり眺めていたら、赤髪の男性がこっちにのしのしとやってきた。私の前に立ち止まると、またも腕を組んでうんうんと唸り始めた。
「えー、その……なんだ」
芋が生ったのは嬉しいけど、私のことを信じてなかったから素直にお礼が言いにくいって所かな。私は女神だ。大変慈悲深い存在なのである。と言うわけで水を向けてあげることにした。
「芋の出来はいかがでしたか? 少し大振りな気がしましたが」
「いや、大きいことにはなんの問題もない。大きさもさる事ながら、数も多かった。量があればあるほど飢えなくて済むんだ」
なるほど。現代日本みたいに食料が飽和してるわけじゃないし、市場に出回ってるような綺麗な形や均一な大きさのものでなくてもいいもんね。デカイは正義ってところか。
「なあ、あんたのこと疑って悪かったよ」
赤髪の男性は、大きな体を折りたたむように深くお辞儀した。素直に謝れる男性ってのは素敵だと思うよ。まあ、胡散臭すぎる私にも問題があったわけだし、代表的な立場の人間であれば慎重になるのも当然の事だ。
「気にしておりませんよ」
私は女神だ、すごく優しいんだ。そんなこと全然全くこれっぽっちも気にしてませんよってことでにっこり笑いかけてあげる。
当社比50%増しスマイルを浮かべてあげたら、赤髪の男性の顔が真っ赤になってらっしゃる。
あ、あー。そだね、今の私の見た目、女神様ほどでないけど、黒髪ロングのクールービューティだもんね。普段はキリッとしてるからこそ、ふとした拍子に見せる笑顔の破壊力は並ではないだろう。
いつの間にか私達の周囲にも人が集まって来ていて、男性どころか女性まで頰を赤らめてらっしゃる。女神様もたいそうべっぴんさんだったがこの人も……とか言う声を我が女神イヤーが拾ってくる。やめろ。あ、ああー、なんだこの空気。めっちゃ苦手。
「女神様も皆様のお役に立てて、お喜びになるでしょう」
変な空気は早々に吹き飛ばすに限る。
「あ、ああ。女神様に丁重にお礼を伝えておいて貰えないだろうか。村の者一同、大変感謝しておりますと」
「承りました。それで信仰の件なんですが」
「ああ、わかってる。俺は女神様を信じる」
「ありがとうございます」
やったぜ、記念すべき信者の一人目だ。つい嬉しくて、頰が緩んでしまう。あ、やべえ。またみんなの顔が赤くなってる。やめーや!!
「お、俺も女神様を信じるぞ!」「俺もだ!」「私も!」
お、おおう。一人を皮切りに、次々にみんな手を挙げて、最終的には十二人全員が女神様を信じてくれることになった。ふむ、笑顔もたまには悪くないねぇ(悪い顔)。
と、おおおお? なんか体に力が流れ込んでくる。これが信仰の力か。なんだか漲ってきたあああああ! この万能感。人だった頃の中学生以来かもしれない。いや覚えてないけどね。
「ありがとうございます。女神様もきっと、喜ばれることでしょう」
「これぐらいなんてことないさ。ただ、信仰するって言っても何をどうすればいいんだ?」
ふむ、確かに。女神教って言っても何の教義もないし。この辺り、おいおいキチンと決めていかないとだね。
「女神様の教えについては、また後日ゆっくりとお話する機会を設けましょう。収穫作業とかあるでしょうから」
「すまねぇ」
「いいのです。今日の所はこれでお暇しますね。奇跡の続きはまた明日にでも」
「え、続きって……」
いやいや、信仰の力が入ったとは言え、連続はきついって。とりあえず一晩休ませてくれたら、多少は回復すると思うから。
「皆様が信者になったからと言えど、女神様のお力も万全では無いのです。ですので、また明日に」
「そうじゃなくてだな。また明日も今のと同じ、ええと奇跡と言ったか? 奇跡をしてくれるっていうのか?」
「ああ、そういうことですか。もちろん、そのつもりですよ。移住前の村人全員を迎え入れるには、まだまだ足りないでしょう?」
一瞬の静寂の後、またも大歓声があがった。え、今度は何さ。
「うおおおおおお!!」「女神様! 女神様!」「俺は女神様に命を捧げるぞ!!」
なにそれこわい。命まで捧げなくてよろしい。
つまり、何だ。奇跡と言うからには、そう何度も起こして貰えるとは思わなかったってことか。いやいや、袖触れ合うも他生の縁って言うじゃん。やるからにはきっちりやりますよ。
ただし安売りはしないぞ。みんなには信仰の力を安定して供給してもらうのだ。夢のインターネッツ生活の為にな。ぐふふ。
「とは言え、女神様は誰にでも救いをもたらすわけではありません。日々の生活を一生懸命に送る者に、その慈悲をお与えくださるのです」
あまり過度に期待されても困るし、予防線はきっちり張っておこう。そしてこうしてる間にも、ぐんぐん力が漲ってきている。何が彼らの琴線に触れたかは知らないが、もう一度奇跡を行使できるくらいには回復している。
また明日って言ってしまったけど、一丁サービスしちゃいますか。
「……どうやら、皆さんの信仰の力が女神様の元に届いたようです。こちらは女神様からのお礼とのことです」
ぬぬぬぬぬ、ほいさー!
みんながこっち見ている間に、彼らの死角にある畑の芋を急生長させる。信仰の力が勿体無いので光とか女神のエフェクトはなしで。よしよし、生長しきったぞ。
「あちらをご覧ください」
手を向けてみると、なんということでしょう、そこには芋の蔓だらけになった畑があるではないですか。
もうね、大歓声ですよ。めっがみっさま! めっがみっさま! M・G・Sコール誕生の瞬間である。
そしてまたしても、体に力が漲ってくる。いい感じいい感じ。一人悦に浸ってたら、また赤髪の男性が近寄ってきた。
「本当に、なんとお礼を言えばいいやら」
「全ては女神様の思し召しです。それでもお礼をと言うのなら、日々、女神様に感謝の祈りを捧げてください。また、生活に余裕ができたら、女神様の御坐す泉へ捧げ物をすると良いでしょう」
食べ物とかだったりすると嬉しいなー。どうやらこの体、食べなくても問題はないみたいだけど、異世界由来の食品を色々と食べてみたいもんね。
「わかった、必ずそうしよう」
信心深くて大変よろしい。
「ええ、お願いします。それではそろそろーー」
「ちょっと待った」
え、何? 呼び止められるような事したっけ。いやしたわ。めっちゃ奇跡起こしてたわ。けど既にお礼も言ってもらったし、これ以上何の用事があるというのか。
呼び止められる理由に皆目検討がつかないまま、首を傾げて続きを待つ。
「俺はモロウって言うんだ。あんたの名前を聞かせてほしい」
なんだ、自己紹介か。そういえば、何故だか神になって名前を気にかける事がなくなった。私は神という立場にあるし、下々の者に施しを与える側の者だって漠然と思ってた。これから信者も増えて、個々についていちいち気にしちゃいられないだろうって。多分、そんな感じ。でも、それは傲慢に過ぎる。みんなは私に感謝して、私はみんなから力を得る。みんなからもらった力で、私は奇跡を起こす事でみんなに還元する。言うなれば持ちつ持たれつの関係なのだ。
対等な関係なのだ、私達は。対等なのに、お互いの名を知らないとは何事か。
気付かせてくれたモロウさんに感謝だね。
しかし、名前か。一体どうしたものか。むむむ。そうだ。
「私は名も無き女神様の使いです。女神様の名前が決まるその時まで、名前を封印することにしたのです」
秘技、その場しのぎ。あ、明日までにはなんか名前を考えておくから!
「そうか。とすると、あんたのことを何て呼べばいいか……。いつまでもあんたって言うのは失礼だろ?」
「失礼かどうかは気にしませんけど、確かに呼ぶ方は困ってしまいますね。では、私のことは御子とお呼びください」
「御子さんだな、わかった。……今後とも、よろしく頼む。御子さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。モロウさん」
モロウさんと固く握手を交わし、私は森へと帰っていった。