宗教勧誘、始めました
さて、お互い落ち着いたところで、改めて自己紹介を行おう。
「私は女神様にお仕えする者です」
「なっ!?」
ふふふ、大変驚いた様子。無理もない。まさか女神様の使いとお話しする機会に恵まれるとは思ってもいなかっただろうからなぁって、ん? 取り落としたクワを慌てて拾って構え始めたし、なんでか警戒し始めた。なんで?
「エイシズ教がこんな開拓村に何の用だ!」
「え?」
エイシズ教ってなんぞ? もしかして私以外に神がいるのかな。確かに私一人とは聞いてないけど。
不思議そうに首を傾げてたら、男性の片割れが察してくれたらしい。助け舟を出してくれた。
「……あなたはエイシズ教徒ではないのですか?」
「その様な宗教は知りませんけど」
正直に言う。そんな宗教は人の生の時にも聞いたことがない。幾分警戒心を解いてくれた様だ。っていうかそんなに警戒されるほどの怪しい宗教なのかエイシズ教。やべえ。
「では、あなたが仕えるという神の名は?」
あ、もっとやっべぇ。名前とか全く考えてない。というか名前の存在なんて今の今まで完璧に忘れてた。というか自分で自分に名付けるの? MMORPGみたいに自キャラに名前を付けるのとは難易度が桁違いだぞ。今後、色んな人に崇め奉られつつ呼ばれることになるんだし。私自身の存在はゲームのキャラクリみたいなもので作られたけどな。
「名前はありません」
これまた正直に言うしかない。変に嘘つくよりかは正直に言った方が好感も得られやすいだろう。そのうち素敵な名前を自身につけちゃるわ。
しかし私の回答に二人とも不審げだ。無理もないけど。
「名前がない?」
「まだ、と言うべきでしょうか。なに分、この地に降臨されたばかりの女神様なもので」
当初の予定では、開拓村より先にこの地に住んでた女神様って設定で行こうと思ったけど、やっぱり嘘はよくないよね、うん。
その甲斐あってか、とりあえずクワは下ろしてもらえた。
「はあ、にわかには信じられませんが…」
申し訳なさそうに言ってくるが、それも当然。ここまでだと私は単に新興宗教の勧誘に来た、少し怪しいお姉さんだからね。全部本当のことだけど。めっちゃ信者獲得しに来てます。
「信じられないのは当然かと。そこでご相談があります。我が女神様は、この集落に住まう人々の助けとなることを望んでおられます。何かお困りのことはありませんか?」
取り敢えず話すだけならと、男性二人から困りごとを聞き出すことができた。
まず一つ目。食料が少ない。
どうやらここの人達は圧政を敷き始めた領主から逃れるべく、この地を開拓し始めたらしい。少しずつ食料を移動し、資材を準備して、やっとのことで一月ほど前からここに住み始めたらしい。めっちゃ逞しい。
てなわけで、備蓄はあるものの数に乏しく、収穫まで持つかどうかはギリギリわからないらしい。
続いて二つ目。魔物の襲撃の恐れがある。
思わず「マ?」とか言ってしまった私を誰が責められるだろうか。この世界はファンタジー世界だったらしい。
気を取り直して聞いてみると、以前住んでた村は、粗末ながらも木の塀で村が覆われていた模様。流石に畑まではカバーできなかった様だが。
今は畑に手一杯だから、集落の防備に手を回す余裕がない。村が魔物に襲われたらひとたまりもないとのこと。
最後に三つ目。前に住んでた村には、残してきた家族がいる。その人達のことが気掛かり。らしいが、なんで全員で移動してこなかったんだ。そこんとこどうなのよって聞いたら、食料の問題やら集落での住居の問題やらあったらしい。確かにと納得。それに、領主は頻繁に村に来るわけでもないので、時間的猶予はまだあるんだって。なるほどね。
大きな困り事はこの三点。超重要な情報は聞き出せたし、集落の人とのファーストコンタクトは成功に終わったと見ていいだろう。
「この集落の人々が抱えている問題はわかりました。この集落の皆様を、あの畑の周りに集めて頂けますか?」
指で近場の畑を指差しつつ、指示を出すと、男性二人はキョトンと顔を見合わせている。
「我が女神様が、問題の一つを解決してくださいます」
さてさて、問題は順番に解決していきましょうかね。
そうして、畑の周りには十二人の人々が集まった。私は除いてるよ。女神だからね、人じゃないからね。
わかっていたことだけど、作業の手を止められた人々は大変おかんむりのようだった。自分達の生死に関わる大事な仕事をしてたんだもんね、しゃーない。わかるわかる。ごめんね。
完全なアウェーな雰囲気だけど、やるしかない。
「この度は、お忙しい中お集まり頂き誠にありがとうございます」
私の挨拶に、一人の貫禄ある男性が私の前に進み出てきた。背が高いしガタイも良いから、非常に圧迫感がある。因みにこの人は真っ赤な髪色だ。
「御託はいい。俺らを集めた理由をさっさと言え」
「そうですね。では単刀直入にいきましょう。名も無き我が女神様は、この地に住まう人々の力になりたいとお考えです。この集落は現在、食糧難に陥っていると伺っております」
ここで一旦区切る。赤髪の男性は腕を組みつつも、先を促している。怒っているのかもしれないが、人の話を聞けるくらいには冷静だ。この集落の代表者だとしたら、相応しい人選だと思う。周りの人も、この人が前に出てきているからか、大人しくしている。
「そこで女神様のお力をお借りし、食料に関する問題を解決したいと考えています」
「いや、あんたの助けはいらねぇ」
「何故ですか?」
「悪いが、お前みたいないんちき呪い師の類いは嫌って程見てきたんだ。雨乞い、魔除け、何一つ役に立ったことがねぇ。そのくせ対価ばかり要求してきやがる」
呪い師じゃなくて神の使いなんだけど。
まあここの人達からしたら同じものか。甘い言葉で誘惑して、対価を求められる。ただし問題は何の解決もしないんだからね。信じられないのも仕方ないね。っていうか私でも信じないわ、女神様の使いとか。我ながら胡散臭すぎる。
「そうですね、確かに対価は要求させてもらいます」
「ほらみろ、やっぱりロクでもないーー」
「まだ話の途中です。対価は我が女神様を信仰してもらうこと。信仰するかどうかを決めるのは、これから起こる奇跡をご覧になってからで構いません。信仰してもらわないと、ちょっと困っちゃうんですけどね」
実際、ちょっとどころか、かなり困っちゃうんだけどね。だってインターネットができない(真顔)。
「……本当にそんなことでいいのか?」
「あなた方の信仰が女神様のお力となります。充分な対価と言えますよ。もちろん、大切な畑をダメにするようなことはしません。申し訳ありませんが、あなた方の貴重なお時間を少しでもお分け頂けないでしょうか」
丁重に頭を下げつつ、お願いをする。女神が頭下げるって中々すごい絵面だと思うよ。今は変身して使いを名乗ってるんだけどね。
困惑顔の集落の人々。少しざわついている。
頭を下げ続けている私を見て、赤髪の男性は頭をガシガシと掻き、
「わかったよ、好きにしろ。ただし、五分だけだ。それ以上は付き合いきれん」
「わかりました」
よっし! これは是が非でも成功させねばね。失敗するビジョンが全く見えないんだけどね! 制限時間は五分だ。ちゃっちゃか働こう。
みんなには、私と畑を挟む形になる様に移動してもらった。奇跡を絶好のポジションから見てもらうためだ。そんな訝しげな表情をしてられるほも今の内だけだぜ。
よーし、早速奇跡を行使しちゃうぞー。
今回の奇跡の内容は作物の生長加速だ。この畑には芋が植えられている。収穫時期は当分先なのだろう、小さな芽がぴこぴこと生えてる程度だ。これを収穫可能なくらいに一気に生長させる。栄養とか水分とかは奇跡の力がなんとかしてくれるから大丈夫。
そんでもって、ただにょきにょき植物が伸びるだけだと地味だから、畑一枚を範囲指定して光の粒子を降らせる。降った光が土に染みた時、生長が開始されるってのはどうだろうか。かなり神々しくない?
あ、ついでに私の本当の姿も私の頭上辺りに半透明化で映し出して、より神々しさをアップさせよう。
奇跡の連続使用になるけど……うん、女神パワーも足りるし問題なさそうだ。
コレしてアレをこうしてほいさー!
あ、結構キツいかも。体から力が抜けてく感じ。けど、これくらいなら何とかなりそう。
ちょっと頭がふらつく中、私の頭上に後光のさした女神様が映し出される。集落の人々はみんなして口をぽかんと開けて、その光景を見ている。そしてそして、女神様が目を閉じ手を組んで祈りを捧げると、なんと畑に光の粒子がゆっくりと降り注ぎ始めた。自分でやっておいて何だけどすごい神々しい。さすが私。
やがて畑に光の粒子が落ちると、そこから後はにょきにょき伸びるだけである。まるで植物の生長の早回しのようだった。いや早回しそのものだったわ。
そして畑一面が蔦で覆われると、光の粒子は止み、女神様の映像がフェードアウトした。