暗躍
まさか、こんな事態になるとは思ってもいなかった。
村長である父は近く引退することを表明しており、俺はここ数年ほど、村長としての仕事を手伝っていた。
村長としての仕事の殆どを引継ぎ終え、父は引退した後には俺の補助に入る予定だ。
村長としての実務は多岐に渡る。村内の揉め事の仲裁、街への作物の出荷と必需品の購入、共有物の管理等、様々だ。
雑務なんかは村人に押し付け、もとい依頼して処理するが、街に出て少しばかり良い思いをする事なんか、村長という責務の対価としては安すぎるくらいだと思っている。
それが最近、村へ持ち帰る必需品の量が少ないとモロウから指摘されたりもしたが、村長という責任の重さからして、役得と言うほどのものでもないはずだ。
そう、モロウ、モロウだ。
腹立たしい事に、ヤツは村内で一定の立場を得ている。ヤツの発言は、村長である父をして、軽んじることはできない。
何故か。ヤツは常に村人のご機嫌とりをしているからだ。怪我をした村人がいれば薬草を探して与え、畑をも代わりに耕す。魔物があらわれれば率先して討伐し、得た素材を村へと持ち帰る。村に役立っていると言う観点では、モロウはそうだとは思う。
しかし、それを言えば俺だって村の為になる仕事をしている。俺とヤツでは、村の役に立っているという部分ではそう大きな違いもないが、ヤツだけ村人の信を得ているのが解せない。こっそりと貯えた財で、村人を懐柔しているのではと疑っている。
やがて俺が村の代表となるべき時が近付いてきた。それなのに、村人は以前と変わらぬどころか、更にモロウのヤツを信頼しているようだった。
ヤツの発言力は、もはや無視し得ないほどに高まってしまっている。このままでは、俺の村長としての座が脅かされてしまうほどに。
そして、俺が恐れていたことが現実となり兼ねない事態が起こった。
「この村を捨てて、新たに村を作りたい」
モロウが集会の場で、そんなことを言い出したのだ。
確かに課せられる税は変わらず重い。が、街での散財を抑えれば問題ないくらいだ。モロウからの前述の指摘があった際に、臨時の徴税があったと誤魔化したのがいけなかったらしい。それが二度も三度も続いたことで、重税が課せられるようになったと勘違いしたようだ。
流石に反省して、次に街に行く時から控えようと思っていた矢先でのことだった。
この時ばかりは内心で大いに焦ったが、むしろ、これは機であるのではないか?
天啓とばかりに、あることを思い付いたのだ。
モロウの発言力を地に落とし、俺の立場と権力を盤石のモノにする案をだ。
私の街での行いを全てを知っている父は、モロウの提案に当然のように渋っていた。そもそも村を捨てて逃げる事など現実的ではないし、何より領主からの罰が怖かったのもあるだろう。
「これ以上税を課せられたら、俺たちは遠くない未来に死ぬだろう」
「お前の懸念はもっともだ。しかし、そもそもどこに逃げる場所があるというのだ」
「東の大森林の麓だ」
なるほど、あそこであれば、領主もおいそれとは手を出せないだろう。なにせ、あそこは魔物どもの巣窟とされている。
昔、大森林を切り開こうとした領主が手痛いしっぺ返しを食らってからというもの、その付近の開拓すら躊躇うようになったというんだから余程だろう。そして、それはこの付近に住まう者たちの常識でもあった。
「確かに領主の目からは逃れられよう。しかし、魔物の巣窟近くに村など作れるとは到底思えん」
多くの魔物が巣食う場所の近くに村を作るなんて、単なる自殺行為でしかない。そんな子どもでも分かりきったことを、モロウのヤツは堂々と述べたのだ。
ヤツの事を認めるようで面白くないが、何か根拠があっての提案なんだろう。
そしてそれは正しかった。思った通り、ヤツは少しの逡巡もなく口を開いた。
「ああ、俺でもそう思う。しかし、大森林周辺で出くわす魔物の数が、常識的な範囲での話だったらどうだ?」
「なんだと?」
「ここ数日、大森林付近の調査に行ってきた。と言うより、大森林に入ってきた」
「何という無茶を……!」
あまりの話に集会の場は騒然となった。一部の村人に驚きがないことから、事前に聞いていたか、同行していた者がいるんだろう。
「無茶でもなんでもなかったがな。結果はさっき言ったとおりだったからな」
「昔に比べて、魔物の数が減ったという事か?」
「それは分からない。しかし、言い伝えの内容が間違えだったと言われた方が納得できるくらい、魔物の数は少なかった。強さも俺に対処できるくらいだな」
モロウは謙遜して言うが、コイツの胆力や腕力は街の兵士に引けを取らないどころか、上回ってすらいると思う。滅茶苦茶強いか、と聞かれたら首を傾げるが。
つまり、コイツでも余裕を持って対応できるくらいの魔物しか出ないってことだ。もしかしたら、森の奥深くに隠れ潜んでいる可能性もあるが。
「だが」
「親父、やらせてみよう」
「サム?」
まさかの俺からの援護に、父は驚いていた。
俺も、この時は良い案だと思っていたんだ。
「これ以上の課税は確かにキツイ。それから逃れられるなら願ったりだ」
「しかしな」
父に意味ありげに視線を寄越す。暫し視線を交わした後、父親は溜息を吐いて譲ってくれた。
「モロウ、条件がある」
「……内容は?」
「何、そう難しいことじゃない。新しく村を作るにあたって、もちろん援助はする。ただし、こちらはこちらで生活を送らなきゃならん。わかるな?」
「まあ、当然だな」
「ああ。加えて、重税で既に我が村はカツカツだ。だから、与えられる道具や物資は必要最低限に限られる。条件と言うには微妙だが、これが飲めるなら機会を与えてやる」
いくら魔物が多くはないとは言っても、普通程度には襲われるのだ。そこを新たに開拓するとなると、その苦労は生半可ではない。
「わかった。しかし、俺一人では無理というもの。何人か希望を募った上で、道具や物資の量については融通してもらいたい」
「それは当たり前だ。とはいえ、連れて行く人数も限度があるからな」
「心得ているさ」
次期村長として、これで少しは器の大きさを見せつけてやれたろう。
事実、俺に対する視線に意外なものを見たという意図すら感じられるものがあった。物凄く腹立たしいが、これも今後の為だ。
「こちらはこちらで、税の軽減を申し出てみる。そちらが失敗したとしても、何も問題ないようにしてやるさ」
「頼もしい限りだな」
余裕を持ってられるのも今の内だ。
魔物の生息域での土地の新規開拓なぞ、兵士もいない中でどうやって進めるというのか。領主の事業として兵士が同行するものでも、失敗する事があるというのに。
それを村人達だけで行うなら、失敗は決まりきっていたことだった。
モロウの立場はなくなり、対照的に俺の地位が確固たるものになる。そのはずだった。
女神の使いとかいう、ふざけた存在が現れるまでは。
女神の使いを名乗る女が現れるや、モロウはその力を利用して開拓地の食料問題を一気に解決してしまった。本来は作物の収穫が終わり次第、街への出荷と合わせて徴税官への訪問を行った事にする予定だったが、大誤算だ。
誰が、女神の出現を予想できたと言うのか!
お陰で俺の求心力はなくなり、女神とモロウが感謝される始末。
そして開拓は異常な早さで進み、今や村人の半数が開拓地へと移動してしまった。
本来は失敗するはずだったモロウの案は実現性の高いものとなり、村人の誰もが希望を見出していた。
怒りと焦りに意識が溺れるそんな俺を、男の声が現実へと引き戻した。
「随分羽振りがいいようだな」
「は、いえ」
つい、曖昧に答えてしまった。今後の事に意識が取られるあまりの失態だ。
しかし、徴税官はその事を咎めなかった。
「聞いたぞ。街で大層遊んでいるようじゃないか」
見られていたのか。しかし、徴税官の男が言うほど、遊び歩けるわけじゃない。出荷して税を支払って、残った金で必需品を買い、最終的に残った金で遊んでいるのだ。決して羽振りのいいものではない。
それができるのも今回までである。何しろ、税を減らしてもらった事にしなければならない。くそっ!
「それは……」
「遊ぶ金があるなら、まだ余裕があるという事だな?」
「な、ないです! ギリギリの中、村の運営を行っているのですっ!」
これは嘘ではない。ここ数年、じわじわと税が上がり続け、苦しい事は本当なのだ。しかし、多少の負担を村人に強いてでも、すこしだけでも遊びに耽りたい気持ちがあるのは事実だ。
「本当かね? 君からは全くと言っていい程、誠意が感じられんのだが」
暗に賄賂を要求していた。
刺し殺してやりたい衝動を抑えながら、懐の銭入れから硬貨を取り出して渡す。
「……ふん、しみったれてるな」
その金で一体何杯のエールが飲めただろうか! 俺達に比べ、遥かに良い暮らしをしているコイツらに、何故金を渡してやらねばならないのか!
想像の上だけで、何度コイツを殺したかわからないくらいには殺意を持ち、しかしそれを隠しつつ粗末な椅子に戻った。
「それで、用件はなんだね。私はこう見えて忙しいんだが」
モロウ達やコイツに対する怒りや殺意で、全てがどうでもよくなって来ている。
だが。この場を上手く凌ぐ事で、俺は村長以上の立場を得られるはずだ。
深呼吸をして意識的に気を落ち着かせると、俺は話し始めた。




