第08話 別人じゃないか!
アルファ王都。
アルファ国にある大きな街だ。曰く、世界一栄えている街。曰く、世界一栄えるべき街。
過去。
勇者が訪れ、世界を救った聖地とされている場所は、今でも勇者を神の様に崇めている。
それ故、才徒君が街を歩けば人の群れに長蛇の列。一度、調子に乗った酔っ払いが絡んできたが一発で終わった。もちろん才徒君の一撃で。
だが、一撃で気絶した酔っ払いを才徒君は目が覚めるまで看病していたという噂、いや事実によって人気はうなぎ登りの滝登り、宗教的ともいえるほどになっている。
その仲間である彼女達も同様、多大な人気に多大な人望を手に入れている。
ん、僕?
いやいや、僕なんか才徒君の仲間である事すら知られていない。才徒君は「君が僕らの仲間だとバレると危険な事に巻き込まれる」と僕の事は内密にしている。
一度、魔族を名乗る奴にバレて、人質にされた際、才徒君は大怪我を負った。それ以来、僕の情報は国家機密とまで言えるレベルの秘密となっている。
話を戻して、アルファ王都の事について。
日の登っている時間帯の王都は活気に満ち溢れ、老若男女を問わず、問うべくもなく行きかって、大衆の声が聞こえなくなる暇がないほどだ。
日の沈んだ王都は別種の活気に満ち溢れ、老若男女を問い、犯罪事が起きても中世レベルの世界で警備網が役に立つはずもなく、文字通り夜の街に消えてしまう。
故に、弱い者が夜の王都を歩くのは自殺行為と言える。
全く、英雄の街とはよく言えたものだ。英雄が寝静まってしまえばやりたい放題なのか。
そんな訳で普段、夜の王都には近づかない様にしているが、夜の王都には情報が飛び交っている。
この世界の情報が欲しい僕としては、この時間の王都は来ないといけない場所だった。
そうなれば善は急ぐべきだろう。転移したその日の晩に来た。
「へい! そこのフードボーイ!! 私と一緒に夜遊びしないかい?」
フードを深く被り、顔を見せない様に注意深く、用心深く歩いていたはずなのだが、ナンパをされてしまった。
普通、こんな怪しい恰好の人間に声を掛けるのは警官、この世界なら騎士のはずなのだが、綺麗な女性に声を掛けられてしまうとは。
「すみません。今忙しいので」
さっとあしらう。
「そんな事言わないで、私お金と地位だけは持ってるよ?」
食い下がる。
「お金も地位も興味ないので」
ささっとあしらう。
「ふーん、じゃあ何に興味があるんだい?」
同じペースで歩いて、問いかけてくる。
「少なくともあなたには興味無いです」
タイムリミットは夜が明けるまで余計な時間はいらない。
「いやいや、私は何に『興味があるんだい』と聞いたんだよ? 何故、興味のない物を答える? 当ててみよう。当てれたら一緒に遊んでくれないかい?」
なんだこの人、諦めるという言葉をしらないのか?
正直、酔っ払いやナンパ女に構っている暇はない。話に乗ったふりをして、こちらから条件を振ろう。
「分かりました。その代わり当てられなければ諦めて別を当たってください」
「ふむ、じゃあ当てよう。まず君は、こんな夜更けに出歩いている。これは男子供にとってはとても危険な事、ある程度の実力が無ければしないだろう」
彼女は見えないはずの顔色を窺ってくる。
「当たりの様だ。次に、君は真っ直ぐ、曲がる事なく、ギルドに向かっている。うん、これも当たりみたいだ」
何故、口元しか見えていないはずなのに分かるんだ。
「こんな時間にギルドに向かう理由なんてものは私には二つくらいしか思いつかない。酒を飲むためか水を飲むためか」
水? 何を言っているんだ?
「酒を飲んでいる女共は口がヒヨコの羽の様に軽い。そんな中、水を飲んでいる者がしている事は、その軽い羽を拾う事。つまり――」
僕はフードの隙間から彼女の顔を見た。長い金髪の髪に一見質素そうに見える服、だが服の記事は上等だ。
そして、してやったりと言いたげな顔。美人さんだが、その顔が綺麗とは言い難い。
「――君は何らかの情報を欲しているんじゃないかい?」
「っ」
「ふふ、分かりやすい反応をありがとう。大当たりと言った所かな」
してやられた。と言う他ないだろう。
まさか、ただのナンパ女ではなく、頭のキレるナンパ女だとは。
歩みを止めて、再度彼女を見る。すらっとした立ち姿に柔らかな微笑み、エメラルドグリーンの瞳は流石異世界人と言いたいほど綺麗だ。
最初は酔っ払いかと思ったが、歩く姿に重心のブレはなく、顔に赤みも感じられず、呼吸の粗さも感じない。
「やっと、しっかりと見てくれたね。そうだよ。思い出してくれたかい?」
ん、思い出すも何も。
「初対面ですよね?」
「……えっ?」
「こんな綺麗な人、一度見たら忘れないですよ。つまり、記憶にないって事は、初対面って事ですよね?」
「え、噓? 美人? というか忘れて……えっ?」
あたふた驚き、ショックを感じていると一目でわかる顔。
涙目になってしまった。なんかごめんなさい。
「そ、そのごめんなさい。もしかしたら名前を聞けば思い出せるかもしれません……」
「そ、そうだね。女子三日会わざれば刮目して見よって言うしね。でも名前は三日じゃ変わらないからね! 名乗れば思い出してくれるよね!」
す、凄く取り乱してらっしゃる。
「私は【ノナ・アルファ】この国の王、国王!」
「なっ!?」
驚いてしまう。別に、なぜここに国王が!? とか、国王様の顔を忘れてしまうなんて!? という意味で驚いた訳ではない。
いや、何故ここに国王が居るのかとは思うが、それどころじゃない。
なぜなら、僕の知っている国王様は、こんな美人なお姉さんではないからだ。
僕の知っている国王様は、まず女でなく男、それに眉目秀麗というより筋骨隆々、笑い方も『うふふ』というより『がはは』、正反対で大違い。
世界が変われば当然、人間も変わる。才徒君達が同じ性別や見た目をしていた事の方がおかしいのかもしれない。
だが、これは変わりすぎだろう。別人も別人。名前も顔も違う。血すら繋がってない様に思う。
共通点は家名と国王という身分くらい。
「思い出してくれたいかい……?」
うるうるとした綺麗な目で、綺麗な顔が近づいてくる。
女性への免疫がない僕にとって、それ以上近づかれると上手く話せなくなる。
一歩引くと彼女は一歩進む、一歩また一歩、引けば進むを繰り返す、あぁ彼女は一歩も引く気はない。引かせる気はないんだな。
我慢するしかない。歩みを止めて、止めさせる。
「なぜ、逃げるんだい!? ま、まさか忘れてた? そんな事あるかい? 国王だよ? 君達を呼んだ張本人だよ? 忘れるってあり得る? ありえないでくれるとありがたいんだけど?」
「そ、そんなに疑問形の言葉を並べないでください! 大丈夫です思い出しました! ちょっと格好が質素すぎて分からなかっただけです!」
「ほ、本当かい? 信じるからね。次からは格好じゃなくて顔で覚えててね?」
「はい、大変失礼いたしました。次があれば、必ず覚えておきます」
これ以上、面倒事になる前に退散しようと話を終わらせて、歩き出そうとしたが、国王様が服の裾を掴んで止めてきた。
「何を勝手に行こうとしてるんだい? 興味がある事を当てたら夜遊びに付き合ってくれるんだろう?」
振り返ると、首を傾げて言ってきた。
僕は思う。そうだったとあんな迂闊で軽率で馬鹿な事言わなければよかった。
「というか君は国の機密的存在なんだよ。あんな野蛮人の巣窟に行かせるわけないじゃないか。もし抵抗したら、騎士を呼んで無理矢理にでも連れ帰るけど……勇者様のお連れ様だ。一度約束した事を無かった事にする人だとは思ってないよ本当に」
嘘つけ、と言いたいが堪える。
疑っていなければ、服を掴んで動けない様にはしないだろう。
「僕を止める為にわざわざ国王様が来たんですか?」
「そうだね。騎士団と君には面識がないし、面識のある私が行って止めるのが一番手っ取り早くて効率が良いだろう? 君は私の事忘れてたようだけどね」
根に持ってる。いや、持たないわけはないんだろうけど。
「自分の事を監視でもしているんですか? 家を出て数十分程度なんですけど……」
「おっと、ストーカーとは言わせないよ。これは保護の一環だからね」
まぁ、国が自分達になんの関与もせず放置しているなんて思ってはいなかったけど。
「国王様がお一人で来る方が、危ないんじゃないですか?」
「あはは、私は腕力も魔力も権力もあるからね。そこら辺の凡俗に連れ去られるだとかそんな事はないよ。あり得ない」
国王様が一歩近づき、僕の頬に手を乗せて、腰を抱く。
振り解こうとしたが、力が強くてされるがままだ。
お、女の人に腕力で負けてる……。その事実は男としては受け止め難いが、受け止めるしかない。
圧倒的な腕力差だ。
「対して君には、腕力も魔力も権力もない。あるのはそう、魅力くらい。だが、それじゃあ逆効果、悪い虫が寄ってくる」
「魅力もないと思うんですが」
「いやいや、君は勇者様達の紅一点だ。黒髪黒目の少年なんて、この世界では珍しい。本当は私の傍に置いて宝石の様に愛でたいが、勇者様が許してくれないのでね。それほど魅力のある君が暴漢に襲われて花でも散らされてしまったら……勇者様や私がどうなってしまう事か……」
花を散らすって何を言っているんだこの人は、と思ったがこの世界ではそれが普通なのか。
それでも、僕を襲うような女の人はいないと思うけど、僕の見た目は平々凡々、才徒君ほどの美少年なら分からなくもないけど。
「あと、私は君が知りたい情報というのも何となく、いや確実に分かっている。君は何故かその情報を是が非でも知りたいんだろう? だから、こんな危険な事をしている」
「……その通りです」
正直に答える。知力勝負でこの人に勝てる気がしない。引き分けすら難しいだろう。
なら、ある程度正直に、一番知られたくない場所だけを隠せばいい。
それは勇者である事、これが知られなければ僕は他の事を知られても、たいした痛手ではない。
「きっと、その情報を知り得るまで今回の様な行動を繰り返すんだろう。当然、私達はそれを良しとしない。だったら打つ手は一つだけだ……」
国王様が僕から手を離し、近くにある酒場を指差す。
「夜遊びをしよう。酒の入った私は口から何かをこぼしてしまうかもしれないけど、国王がけち臭い事は言わない。それを拾われたところで、返せなんて言わないよ。でも――その拾い物は大事にしまっててほしいとは言わせてもらうよ」
なるほど、最初からそれが狙いだったのか……。最初から手の平の上、この国自体が彼女の手の平の上なのだから、その中にいる自分の行動なんて、すぐに読まれて対策されてしまうだけだったわけだ。
「あそこの酒は美味いらしい」と言いながら指差す酒場に向かう国王様の後を追う。
当初の予定とはだいぶずれてしまったけど、結果的にはこちらの方がいい。
国王様は酒を飲むそうだけど、僕は未成年なので仕方なく水を飲ませてもらう。
そう、仕方なく。