第07話 ハグの力が強過ぎるんですけど!
気絶した燈火さんはソファに寝かせた。
僕は元の位置に戻って、これからの事を考える。貞操がおかしくなってしまった世界。この世界は元々、僕の居る世界じゃない。
世界を救ったら元の世界に帰る。そこからが本番なんだ。
だから僕はこの世界で目立つべきでじゃない。
正直、これから訓練をすればするほど僕は恐ろしい速度で成長できる。
そうなれば、才徒君達を全員守る力が手に入る。そうなれば力を手に入れた経緯を聞かれる。
最初は誤魔化せるかもしれないけど、誤魔化せなくなっていくだろう。
そうなった時、僕が【本当の勇者】だという事がバレるだろう。この世界の住人も【神野才徒】が【勇者】だと思っている。そんな彼は、世界の中心的な人物であり、皆から期待と希望を抱かれている。
そんな中、今まで巻き込まれた男だと認識されていた人間が【勇者】だと知られたら……。
その希望や期待が一気に崩れてしまう。そんな事はあまりにも残酷だ。
その上、僕は元々この世界にいる僕じゃない。そんな人間が表立って世界を救うのは反則だ。
だから、僕は目立ってはいけない。
それに勇者とバレて面倒事に巻き込まれてしまうと、元の世界に戻るまでの時間が伸びてしまう。
それだけは駄目だ。僕は早く前の世界に戻って、才徒君達を助けないといけない。
神様は時間を巻き戻して、僕を戻してくれると言ったけど焦ってしまうのは仕方がないだろう。
だから……早く世界を救わなければいけない、と思ってしまう。
とは言っても、世界を救う方法がよく分かってない。いや、魔王軍と戦っているだとか、魔物の力が年々上がっているという情報は何とか手に入れたが、どれも【何故それが世界の危機に繋がるのか】が分かっていない。
この世界に呼び出された時、巻き込まれただけの僕には国王様からの説明がなかった。
だから、この世界がどんな危機に陥っているのか、この世界にどんな問題があるのかも分かってない。
それを知るには、才徒君達から聞くしかない。でも……教えてくれるだろうか。
『は? なんで巻き込まれたあんたに教えないといけないの?』
『その……話す事はできないんです』
『話す事は無いわ』
『大丈夫だよ。君が世界の事を考える必要はないんだ。君は絶対に俺が守るから』
前の世界での四人の言葉を思い出していた。
あぁ、やっぱり自力で見つけるしかない。僕が、僕の力だけで世界の事を知って、僕の力だけで救わないといけない。
貞操観念が違うと言っても、僕が【巻き込まれた】だけという認識は変わらない。
僕的にもその認識でままでいてもらった方がいい。その方が動きやすい。
それに余計な事をしても勇者だとバレる確率を上げるだけだ。
異世界に来て数か月。何も家でボケっとしていた訳じゃない。自分なりに行動を起こしてきた。
この世界の情報を手に入れられる当てならある。
「――柏木!!」
ソファの上で考え込んでいると、リビングの扉が勢いよく開けられ……というか吹き飛ばされた。
うちの扉結構頑丈そうに見えるけど簡単に壊されてしまった。
「才徒君」
「良かった!! 心配したんだぞ!!!」
扉を吹っ飛ばした美少年が抱き着いてくる。そう、彼が【神野才徒】だ。
良かった。貞操がおかしくなっているから心配したけど、才徒君に変わった様子は見られない。
いつも通り、キリっとした目に男からしても綺麗だと思う整った顔、相当運動しているのに柔らかさを感じさせる肌、綺麗な青髪。
「ごめん。心配かけて……」
「良いんだ。お前が無事でよかった。俺はお前が居なくなったらダメなんだからな」
「あはは、それは言い過ぎだよ」
「いや、本気だ……。だから……」
ギチギチ、と僕の骨が軋む音が聞こえてきた。
あの……才徒さん? ハグの力が強過ぎるんですけど!
「次、出て行く時は俺も連れて行って……」
「ちょ、才徒君!? 力強いよ!?」
「しばらく離したくない」
「いや、離さないのは良いんだけど力弱めてお願い!! 骨が駄目になるから! ポキッかボキッてなっちゃうから!!?」
才徒君は良い人なんだけど、たまに暴走する。今回の場合、僕が心配をかけすぎてしまったのがいけなかった。
こういう事は前の世界からあった。きっと、彼女達が僕の立場でも彼はこうするんだろう。
「分かったよ。でも、少しの間このままで居させてね」
「は……はい……」
背中に残る痛み。彼に多大な心配をかけてしまったんだ。これくらいで許されるならいいだろう。
しかし今更な気もするけど、男同士とはいえ才徒君に抱き着かれてるとドキドキしちゃうな。
いや決して僕は同性愛者じゃないから好きになる事はないんだけど……。
「――まぁ、今回の事は夏風達の不注意が悪いね。あとできつく叱っておくよ」
才徒君、顔は笑っているのに目と声は笑っていない。
「その、そこまで怒らないで……下着を見られたくらいで怒った僕も悪いんだし」
「そうかい……下着を見られたくらい…………か。駄目だよ柏木、男の子の下着はとても大切な守られるべき物なんだ。女の子はすぐに下着を見せられるけど、柏木は無理だろ? 例えば俺がここで『下着を見たいから上脱いで』って言っても見せたくないだろ?」
「うん、無理だね……。だって僕、上の下着付けてないし」
「…………ッ!?」
僕が下着を付けていない事を話すと一瞬才徒君が目を見開いて僕の上着を見てきた。
すぐに、いつものキリッとした表情に戻るが瞼が引き攣っていた……。
え、下着を付けてないのってそんなにダメなの事なの!?
いや、でもそうか僕の世界だと男の胸になんの価値もないけど、この世界だと性的な目で見る対象になるのか。
「あ、あはは、ごめんね。いつもはちゃんと付けてるんだよ? 今日はたまたま偶然付け忘れちゃっただけだからね?」
何とか誤魔化そうと頑張る。
才徒君は踵を返して、僕に背を向ける。
「あぁ、分かってるよ。大丈夫。分かってるから大丈夫じゃなくても大丈夫」
す、すごい取り乱してらっしゃるーー!!?
「その、今日はもう寝るから、また明日の朝、話そう。おやすみ!!」
才徒君は顔を抑えて、走って行ってしまった。
あ、ああぁ、確実に変態だと思われた! 軽蔑された!!
明日からはちゃんと下着を付けよう……そして皆に弁解しよう。
◆◆◆
一度部屋に戻り、スポーツブラの様な下着を付けて、黒いフード付きのローブを取り出して着る。
今から僕は、夜街に繰り出そうと思う。
いや、いやらしい事目的じゃないよ? 夜の街は酒も入って口の軽いお偉いさんや、朝は活動してない情報屋などがいる。
情報収集にはうってつけという訳だ。
フードを深く被った。対面している相手には口くらいしか見えないだろう。
この恰好なら、僕だとバレる確率を下げられる。
よし、準備も出来たし……【王都アルファ】に行きますか。
【次回】
『王都、スニーキングミッション(見つかる)』
お楽しみに!