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第12話 はじめてのくえすと

 【ブルーブル】――高密度の魔素が充満している谷に生息している獣。

 魔素とは魔力を生物が生成するために必要とするこの世界特有の物質。

 魔素の濃い空間で育った生き物は普通の生き物とは比べ物にならない魔力を保持している。

 魔力は体力と同じように身体能力と密接な関係があり、魔力の多い生き物程身体能力が高い。


 ――つまり、凄く動けるって事か。


 ブルーブルの説明を読みながらそんな事を思う。

 雑食で人里に降りては、畑を荒し人を襲う獰猛な生き物。

 所謂、害獣というやつだろう。


 【モノの谷】。そこがブルーブルの住みかだ。

 王都からは馬車で行かなければ半日程度の場所にある。

 上級階級のギルド会員には無料で馬車が貸し出される。太っ腹だ。

 僕は馬車に揺られて、モノの谷近くの街【モノの街】を目指している。


「モノの街に着きましたよー!」


 乗っている馬車が目的地に到着する。

 体感で二~三時間程度か。日が暮れる前には帰らないとな。

 あ、ちなみになんでモノの谷に直行じゃないかというと馬車が危ないからだ。

 いくら弱い敵だとしても関係ない人を危険に巻き込むわけにはいかない。


「ありがとうございます。日が暮れる前には戻るので」


「え、日が暮れる前ですか……?」


 あれ、少し時間かかり過ぎかな。確かに今は九時くらいだし、九時間以上待たせるのは非常識かも。


「遅すぎますか? では、昼過ぎ頃には戻ります。これ、良かったら昼食に使ってください」


 財布の中からお金を少し渡す。

 待たせるんだし、これくらいのチップはいるよね。


「え、え……? ありがとうございます……」


「それでは急いで行ってきます」


 何故か困惑している御者さんを置いて、小走りでモノの谷に向かう。

 地図からして、走れば三十分かそこらで着くだろう。




◆◆◆




 谷に着いた。さてさて、タイムリミットは三時間程度で何匹倒せるか。

 谷の上から谷底を覗く、深さは二十数メートルだから落ちても掠り傷くらいだろう。

 谷の幅は十メートルかそこらだ。

 下には蒼い大きな牛が数十匹いた。ここにいるのはあれで全部だろう。


「一回練習として、【毒針】」


 毒針を想像して、作り出す。魔法で作り出せるものは一度目にして触れている物だけだ。

 僕の想像した毒は幼い頃に経験した【オオスズメバチの毒】――アナフィラキシーショックという言葉を聞いた事があるだろうか。

 生き物は強い外的毒素に対抗する為に体内で抗体を作る。

 だが、それは逆効果になってしまう。二度目に毒を注入されると逆に体内を破壊する有害な物質を生み出し、体内を痛めつける。

 その結果は最悪――【死に至る】。


 谷の上から数十本の毒針をブルーブルに放つ、威力は弾丸程度だけど十分刺さった。


「「「「んぼおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


 谷底から断末魔が聞こえる。すでに数匹意識を失って倒れるブルーブルもいる。

 人間の勝手な防衛の為にブルーブル達は殺される。

 その事に、なんだか少しだけ胸が痛くなる。

 人を襲うのも畑を襲うのも結局は生きる為の行動だ。

 人間にとって悪ではあるが、こいつらは生きる為に必死なだけだ。


「【毒針】」


 次は先程までとは比べ物にならない本数の毒針が創造された。

 数えてはいないが数百本以上だろう。これを打ち込めばブルーブル達は死ぬだろう。


 ――躊躇う。


 生き物を自らの手で殺すのは初めてだ。いや、初めてではないだろう。

 蠅や蟻、害虫を殺した事はある。この世界からしたらブルーブル達を殺すのは、それと同じ感覚なのだろう。

 この世界の人間のエゴでこいつらは死ぬ。

 僕がこの毒針を放ったら、終わる。


「ごめんよ」


 許される訳もない。そんな事、分かっている――。


 放たれる毒針に刺さったブルーブル達は次々と倒れる。

 声を上げる間もなく、一瞬だけよろめき倒れる。

 きっと、成長の能力で毒の強さも強くなっているんだろう。


 全てのブルーブルが倒れたのを確認して谷底に下りる。

 死体の山――吐き気のする臭いだ。

 バックからギルド支給の大きな袋とナイフを取り出す。


 ブルーブルを倒した証明と武器や防具の素材としてブルーブルの角は切り取って持ち帰らないといけない。

 罪悪感は拭えないが、仕事だ。



 一時間ほど掛かったが、切り取り終わる。



 埋葬しよう。エゴでしかないけど、この谷でこいつらを埋めよう。

 クエストの書かれた用紙にも――谷を壊せるなら壊して構わない。と書いてある。

 重たい袋を担いで谷から離れる。この谷の周辺には許可を得たギルド会員しか来れないから、被害は考えなくて大丈夫だろう。


「【爆発】」


 イメージするのは【あの時】の爆発。

 しかし、数キロ離れた山の上からだとほんの少し程度しか威力は出ない。

 きっとダイナマイトほどの爆発も起きてないだろう。


「【爆発】」


 次は小型のミサイルほどの威力だろう。


「【爆発】」


 次は、ここからでも爆音と爆風を少しだけ感じられるほどの爆発だった。

 きっと――次で終わる。


「【爆発】」



 バッ――――。



 その爆音が地面を鳴らしながら通り過ぎるとすぐに――


「うっ――」


 フードが剥がれるほどの爆風がやってくる。

 ここから見ていた谷からは黒煙が昇り、完全に崩れている事が確認できた。

 なんだか、虚しい気持ちになる。僕に一方的な討伐依頼は向いていないんだろう。

 日本という安全で【死】から遠い国に生きていた僕には――命を奪う行為が重すぎる。


 こんな事を才徒君達は毎日やってきたのか……。


 改めて――自分という存在がどれだけ守られていたか気づく。


 フードを再度深く被り、馬車に戻る。




◆◆◆




 馬車に戻ると御者さんが驚いた顔で見てきた。

 なんなんだ?


「あ、あの、その、袋って……」


「ん、あぁ、ブルーブルの角ですよ」


「……」


 なんだかポカンとした顔になった。

 なんなんだ?


「あの、もしかして、さっきの物凄い爆風と爆発音って……」


「えっと、ブルーブルの住んでいる谷を爆発した音だと思います」


 し、しまったー。つい正直に答えてしまった。

 谷を丸ごと爆発するなんてヤバい奴じゃん!

 ほら、御者さんの顔が驚きすぎて固まっちゃった。

 で、でも、燈火さんも山を一つ消し飛ばしてたし……少し凄い魔法を使える程度だろう。

 依頼書にも書いてたんだし、元々不可能な事じゃないはず。


「その、馬車を出してもらえますか?」


「……はひ」


 あ、噛んだ。




◆◆◆




 アルファ王都に帰って来たのは五時頃だった。

 才徒君達が帰ってくる前には家に帰っていたいので、すぐにギルドでクエストクリアの報告と報酬を受け取った。

 それでも三十分ほど掛かったけど、何故か血液を検査された。

 それにギルドで一番偉いギルド長の【ゼロ】さんという女性に合わされた。

 話した内容は世間話程度の内容だった。あ、でも、【秘密を教えてくれ】と何回も言われた。

 秘密とは仮面の事だろう。それだけは言えないですと答えた。

 何故か驚いた顔で「分かった」と言われた。




◆◆◆




 ――信じられない。


 これが率直な感想だ。昨日ギルド会員になったばかりの――それもあんな華奢な男がブルーブルの完全討伐を一日も掛からずに完了した。

 それも――無傷だった。


 ギルドの長、ギルドマスターとして十年以上経つが、どの才ある者と比べても――桁違いだ。


 ――勇者なんて可愛く見える。


 ――英雄なんて軽く見える。


 ――神すら想像させる。


 ブルーブル自体は確かにそこまで強いとは言えない。

 これは実際に戦った者にしか分からないが、ブルーブルの脅威とは【あの魔素の満ち過ぎた空間に対応している事】だ。


 その空間は私達の様に魔法を使う者からしたら、酸素が極端に薄い場所と変わらない。

 魔法の発動をする事が出来なくなる。出来ても初級魔法程度だ。

 つまり、魔法強化無しの肉弾戦だけで魔法強化された牛と戦わないといけない。

 それが7階級クエストでありながら10階級クラスと言われる所以だ。


 それを彼は当たり前の様に全滅させた。それどころかブルーブルが発生する原因の谷を破壊した。

 【ただの谷】なら破壊できる魔法もあるだろう。だが、あそこは魔素を大量に生み出している岩壁は鉄以上の硬度に衝撃への強い耐性を持っている最上級魔法でも少し崩れる程度のダメージしか与えられない谷だ。



「――それを……埋葬する為に壊した……ねぇ……」



 男性に対してこんな事を言うのはいけないのかもしれないけど……【化け物】だ。

 私の【絶対服従の固有魔導】も効かなかった。

 ギルド長専用の椅子に深く腰掛ける。

 魔法調査団体に彼の血液を送った。


「男の子の秘密を調べるのはいけない事だろうけど、少なくとも君が危険じゃない事を調査させてもらうよ……」


 もし、彼が魔族の類だとしたら――考えたくないね……。

おはようございます(脅威の早起き)

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