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意地っ張りホットケーキ

作者: ひがしりっか

仲直りのホットケーキを焼かなくちゃ。僕達の戦いはもう1週間にもなっていて、僕は毎日のようにため息をつきながら、野菜ジュースをヤケで飲んでいた。彼女は平静を装っていたけど時々色素の薄いはずの目が真っ黒になって底なし沼みたいになっていた。僕を見つけるとぷいって音が聞こえるように避けていった。いい加減僕は謝りたくて、昨日流星群を見逃した話とかしたかった。

そうなんだ。目が覚めると流星群は終わっていた。ゆっくりと流れるたくさんの星達。真っ暗な土地でないから大きな輝きしか見えないけれど、それでも流星群が綺麗なものだということを僕は知っていた。わざわざ7時なんかに眠りだしたのに、起きたら5時も終わりかけだった。周囲は明るくなり始めていて、太陽がビルの真ん中くらいに上がっていた。ぎりぎり見えたのは北斗七星だった。柄杓の形に7つの星が光っていた。彼女が教えてくれた星の観察。初心者の僕は流星群と星座を見るので精一杯だったけど、星は綺麗だった。

そもそもけんかのきっかけは下らないものだった。僕は勉強を彼女に教えるために、引越したばかりの彼女の綺麗とは言えない家にいた。

無理やり結んだボブカットの髪の毛が楽しげにぴょんぴょん揺れる。彼女のスマホから流れる音楽はハイトーンの掠れた男の歌声だ。凝りすぎたようなメロディー、ひたすらポロポロ鳴り続けるギターとやたら激しいドラム、繰り返す歌詞。寂しそうな歌声。

それでも彼女の鼻歌は上機嫌でサビを歌っていた。お湯が湧いて彼女がやかんをどかそうとした。キッチンにいた蝿が火に飛び込んで焦げ付いて、さすがに僕は顔をしかめた。蝿を殺して沸かした湯でカップラーメンを食べる彼女の長い睫毛が静かに震えている。何かがあったわけでなくこれはつけまつげで、人工的な毛が湯気でふわふわ揺れ動いているだけなのだ。だから僕達がカップラーメンを食べているダンボール箱のすぐ横につけまつげが何組か入った箱が無造作に放られている。プラスチック繊維でできた細い毛は本物のまつげをぶちぶちと抜いて並べたようで僕にはグロテスクに思えた。

確かそのつけまつげと僕の音楽の趣味でけんかになったのだった。二人ともこだわりが強いのは自覚しているのに、この子だからって悪い安心をしてしまったと僕は思う。

しずしずと彼女は教室に入ってくる。教室なんだから堂々としていればいいのに。でもこれは4月からそうだから癖なんだろう。今日も座っている僕を見つけるとぷいとそっぽを向いて自分の席に歩いていった。椅子をがたつかせて座ったけどこちらをちらりと見た気がした。だって彼女のふわふわの茶色い髪が揺れたから。謝らなきゃ。そう思って僕が席を立つと、彼女は廊下に出ていってしまった。結局この日もけんかを続けてしまった。自分の悪さを早く謝りたくて1日バツが悪かった。

次の日の早朝、僕はキッチンにいた。卵と牛乳、ホットケーキミックス。ボウルに入れてかき混ぜて、牛乳パックで作った型に流してフライパンで焼く。何とか1回目で焦がさず焼けたからこれを持っていこう。冷蔵庫に入れて冷やしてラッピングして、弁当をいれる袋に入れて学校に持っていった。袋から少しだけだけど甘い匂いがした。

一番乗りしようと教室に入るとなんと彼女が先に来ていた。あれ、なんでか僕の席に座っている。教室の入口に僕が留まっていると椅子をがんって鳴らして彼女は立ち上がり、ずかずかこちらに向かってくる。

「それ」

僕の弁当の袋を指さす。

「ふわふわケーキでしょ。食べる」

うん、と答える間にするりと袋を取り上げて自分の席に座る。すぐさま袋とラッピングをこじ開けると、朝ごはん食べてないんだもんとぼそりと呟き入れておいたプラ製のフォークを構える。

「なんで座らないの」

怒った口調だけど声は静かだった。僕は恐る恐る彼女の隣の席に座る。

ホットケーキにかぶりつく彼女。ひと口を飲み込むとふにゃりと笑ってこの味、とまた小さくつぶやく。

去年のホワイトデーにこのホットケーキを作った。普通のじゃつまらないだろうって型を作って厚焼きにしたらふわふわケーキ!って彼女は大喜びした。ただのホットケーキなんだけどすっかりお気に入りになったみたいで彼女の家で焼いたこともあった。つまり思い出のホットケーキなのだ。僕が以前のことを考えているうちにも彼女はにこにこもぐもぐホットケーキを食べ進める。

そうだ。今日は彼女に謝るために来たんだ。僕は声を放った。

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