You shall not know two worlds.
最近よく思うことがあるんだ。
二つの世界を知ってはならないんじゃないか、ってね。
たぶん、二つの世界を知ると、より真実が浮き立ってくる。だからこそ、なんだ。だからこそ2つの世界を知ってはならない。
え? 「二つの世界」って言い方が分からない? だからぁ……あれだよ。自分の属する世界とそうじゃない世界ってことさ。つまりその~、人っていうのは、分相応の生き方を身に着けるものだろ? なんというか、歩んできた人生というか、育てられた環境というか、そういうものが染みつくものなんだよ。例えば金銭感覚であったり、交友関係であったり、宗教観であったり、職業観であったり、その人が生きてきた世界のルールなり常識なりってものがあるんだ。
これはつまりどういうことかっていうとね。片目をつぶって生きていることと同じなんだよ。今時の言葉で言うと思考ロックというのかね。まぁいいや、とにかく価値観の固定化とでもいえばいいのか……、そういう現象がおこるんだ。頭の中でね。
ある世界では、AということはBなのだろう、と考える世界があったとする。でもね、もう一方の世界ではAということはCなのだろう、と考えたとする。するとね、2つの世界を行き来した人間は答えが分からなくなってくるんだよ。
正解はBなのかCなのか、どちらなのだろう、と迷うんだ。
そこをプラスに捉えられる人間はいい。でもね普通の人なら……、A=Bの世界で育ってきた人間なら……、A=Cという中に放り込まれたときに違和感を感じるものなんだ。それこそすべての物事にね。いちいち心の奥がざわつく。なにかがおかしいっていう具合に。だからね、そういうものを無視して世界と世界の間を跨いではいけないのではないかって思うんだよ俺は……。
世界っていうのは俺たちが思っているよりももっと陰湿で、複雑で、感情的で、分断されているものなんだよ。
「例えばなにか」だって? ん~そうだな。地団太、という映画を見た? ああいう感じの映画が分かりやすいのかもしれない。え? 見てないの? 困ったなぁ。なんて説明すればいいんだろう。ある殺人事件をきっかけにした貧富の差による階級社会の分断というのをテーマにした映画だよ。上流階級の人々は同じ上流階級の人々だけを特別視し、交わり合う。下流階級の人は上流階級に交わろうとするのだけど、なかなかうまくいかない。彼ら、彼女らは上流階級の人と交わることなどないし、たとえ交わったとしても当然相手にもされない。いや逆に交わり合うことは結果的に悲劇を招くだけなんだ。お互いにほっとできる場所はどこかって考えた場合、結局自分のいた場所にいきつく。
上流階級の人と下流階級の人では匂いが違うのさ。ああ、それは嗅覚で感じるって意味じゃないよ。風習やら、何にお金を使うべきってことやら、何を大切にすべきか、何を許容できるか、という感覚まで、何から何まで違うのさ。それが、もし交わりあったとしたらって考えたことはある? そういうことさ、俺が言いたいのは。その先に幸せなんて決してないってことだよ。分かった? これが二つの世界ってことさ。
「もっと一般的なことに例えてほしい」だって? うーん。そうだな。例えば、モテるモテないというのも一緒だよね? モテる人はモテるし、モテない人は、モテないなりの人生を歩むものなんだ。モテる人はそのまんまでいた方が幸せだろうし、モテない人はずっとモテない方が幸せなんだよ。え? そんなことないって? モテるようになる方が絶対幸せだよって? ははは。それがそうでもないんだよ。
そうだ。試しにその話をしてあげようか? まぁ聞きなさい。とってもためになる話だぞ。え? それよりも最近話題の金持ち社長が失踪した事件の方が気になるって? まぁまぁ、あれだろ? あのどこかのやり手社長の話だろ? よくTVに出てたよね~あの人。まぁ俺には関係ない話だけどね。俺はそういう俗っぽいことに興味がないんだわ。どうせワイドショーでコメンテーターが中身のない発言をするネタに使われるだけだろ。無意味だね、そんな話なんて。まぁとにかく聞きなよ。その2つの世界の話だよ。モテるモテないってやつさ。だって君だって聞いてみたいでしょ? 君はさっきの俺の言った結論に全く納得いってないみたいだからね。
まぁでもひょっとすると君の言う通りなのかもしれない。モテた方が絶対にいいって思うかもしれない。だってそれは最近まで俺も“そう”思っていたことだし、仕方がないことだとも思う。そういう意味で俺も思考ロック気味だったってことさ。
え? 「ヤサイマンさんはモテないの?」だって? モテないよ。全然モテないね。もう生まれてこの方モテたことがない。そりゃあ彼女くらいいたよ。でもね、なんというか、こういう言い方も変だけど、かなりグレードが低い彼女なんだ。わかるだろ? 美人や可愛い感じじゃなく、なんというか板東英二のような……、そんな感じの顔の女だよ。おまけに態度もでかくて最悪だったな。その前はアレだったな、香川照之のような感じの顔の女だったかな? え? 自分の元カノを馬鹿にするなんて最低? なに言ってるんだ。俺は分相応って言葉を知ってるからその程度の人間と付き合ってたんだ。だれが好き好んでそんなところにいく。色んな所をたらいまわされて巡ってきたのが俺のところだったんだよ。なんというか残飯処理係みたいなもんだ。そういえばドドリアってあだ名のついた女もいたなぁ。あっと、本題を忘れそうになった。
まぁとにかくだ。俺はモテなかった。昔っからな。
俺はすごいモテたいと思っていたし、可愛い子を愛しい視線で遠くから眺めていたよ。本当にひっそりとね。まぁでも、俺だからこそ見えてくる景色、というのもあるわけ。美女や可愛い子ってさTVやネットの動画や写真で見る分にはいいんだよ。とっても可愛いし、素直で優しい感じがある。というかさ、そういうところがたまらなかったりするわけよ。でもね、現実はシビアだよ。彼女たちの蔑みの目って見たことがあるかい? あ、そうだった君は女性だったね。なら自分がそういう目をしてることを気づいたことがあるかい、って聞く方が自然かもしれないね。え? そんな目を人にしたことないだって? おいおい嘘をつくなよ。もしくは自覚がないのか、どっちかだな。
とにかく、そういう目をする人というのはこの世にゴマンといるんだよ。なんというか、なにか別の生き物を見るような、冷めた目をするのだよね。話しかけてもさ、受け答えするのが面倒というか、視界に入るのさえも嫌うというか、そんな対応を俺にするんだ。それに、顔の表情や視線でわかっちゃうんだよ。至る所に人を小ばかにしたような表情を作るんだ。鼻で笑うような表情や、不愛想な顔をキープするところとか、あ、あれもそうだな。声だ。声。他の男と喋るときと違い、1オクターブ下の音を俺にぶつける。「はぁ、なに?」って感じにね。まるで古代ローマ時代の女王が最下層の奴隷と接するように彼女たちは俺に接してきたよ。俺はね、本当に彼女たちのそういう顔というのを嫌というほど見てきてきたんだ。
なんでああいう態度なんだろうね。たぶん、それは俺がモテないからなんだよ。魅力的な男性ではないからって意味だと思う。彼女たちはそれで十分なんだ。魅力がない男性はいくらい酷い扱いをしてもいいのさ。そして、それを社会が許容しているのなら猶更よい。
俺は彼女たちの馬鹿にする、キモ男で、オタクで……。まぁいいや……。たぶん本当に俺はそういう存在だったのだと思う。
するとさ、もうね、彼女たちの本質が分かってしまうんだよ。叩き込まれてしまうって表現の方が適切かもしれないけど。だってさ、人をそれだけ冷酷に扱う人間が、愛とか正義を語っても何も信じれないでしょ? 何を言ってるんだこいつは、って思うでしょ? だからね。幻想がスゥ~って冷めてくるんだ。よく漫画や映画であるような幻想が、さ。美しくて、清らかで、正しくて、そういう運命の女がいつか自分の前にも現れるんじゃないかっていう幻想がね、本当に、スゥ~っと冷めてゆくんだよ。まぁそれは俺だけじゃなく、友人のAもそうだった。
まぁAっていうのもなんだし便宜的に『白川』とでも名前をつけようか。
その白川も俺と同じ扱いを女性から受けてきた男だったんだよ。俺たちは高校のスクールカーストの最下層で、共に不細工で、そして趣味も似ていた。俺たちはアニメやゲームが好きでさ。お互い多少分野は異なっていたけど、尊重し合える人間関係を作っていたと思う。だからかもしれないな、俺があの辛く苦しい高校時代を耐えぬくことができたのは。人からひどい扱いを受けたけど、俺には白川がいた。だから生きていけた。白川も同じだったんじゃないかな? 白川も俺がいたから生きていけたのだと思うよ。とにかくだ。白川も俺も酷く醜い顔をしており、当然のように女子から迫害されていたんだ。だからお互いに女性というのはそういうものなのだろう、って感覚を共有していたんだよね。
ああ、そうそうこれからが本題さ。2つの世界の話のね。まぁ俺自身の話を期待したのかもしれないが、俺ではない。俺は片方の世界に留まり続けた男だよ。2つの世界を知ったのは俺じゃなくて白川さ。
白川はね、高校を出てなんとかっていうプログラマー養成の専門学校にいった。ほら今時あるだろ? ゲーム会社に就職するための学校とか、声優養成学校とか、そんなところさ。俺はその進路を聞いたとき思わず「え?」って言ったことを今でも覚えているよ。あいつはそこまで真剣に何かを追い求めていたんだなってその時になって初めて知ったから。俺はというと、そうだな、小説を書いてたんだ。ライトノベルってやつさ、知ってる? 今アニメ化してるものなんてほとんどそういうものが多いんだよ。え? 知らない? 今度書店によってみてよ。本棚の凄いスペースを占めてるから。……とにかく、俺は別にそういう小説ならどこでも書けると思って進路は適当な大学に進学したんだ。どこでもいいから大学入っておけばいいかなって。
今思うとここで二人の人生が違っちゃったんだろうね。
俺はライトノベル書くの大学でやめちゃったよ。きっと、それほど真剣じゃなかったんだ。俺はね、ただ軽い気持ちで小説を書いてたんだ。あいつに見せると面白がって読んでくれるしね、なんかこう、そういう反応が面白かったんだよ。だからさ、プロになろうなんて口で言ってるだけで心の奥では無理だってわかってたのかもしれない。実際俺の作品なんてどこの公募に出しても一次さえも通らなかった。極まれに一次を通ることはあったけど、本当にそれだけ。その結果を見るたびに、乾いた笑い声が喉の奥から出てきたなぁ。どうして高校生の頃の俺は自分がプロになれると思っていたんだろうってね。世の中には化け物みたいなやつが一杯いて、それが切磋琢磨して頑張っているのに。なんで俺はそんな大それた夢を抱いていたんだろう。まぁとにかく、そこで俺は夢をあきらめた。俺は大学に通い、そこそこの成績をとり、そしてサラリーマンになった。だけど営業が合わなくてすぐに転職、そこで今の工場に拾ってもらったわけ。
白川とは高校を卒業してからたまにしか連絡とってなかったから、何をしていたのか知らなかったんだ。するとさ、ゲーム会社に就職したことがわかったんだよ。なんていったかな、聞いたことある会社だ。めちゃくちゃ大手ってわけでもないんだけど、ベンチャーってわけでもない。そんな感じの会社。俺は白川によかったじゃんって言って、それで二人とも東京にいたもんだから、ちょくちょく飲みにいくようになったかな。するとさ、いつだったかな? 大学を卒業して7年目くらいの頃かな? あいつの会社で社内コンテストっていうのがあったらしんだわ。「なにそれ」だって? えーっとね、俺も詳しくは知らないのだが、あいつの会社でいくつかのグループに分かれて新作ゲームを作って、その中で一番優秀なものが、その会社からゲームとして発売される、みたいなコンテストがあるらしいのよ。もちろん各グループが作るゲームというのはパイロット版だけどね。CGとか全然リアルじゃないし、酷いグループだとコンセプトのみ提出ってところもあったそうだけど、そこで白川のグループが優勝してね、白川のゲームがその会社から売り出されることになったんだ。おっと、あんまり詳しいこというと白川の身バレするかもしれないから細かいところは伏せるけどさ。とにかく、白川はそのゲーム開発のリーダーになった。
俺も遊んでみたけどかなり面白かったよ。で、やっぱりというべきか……、そのゲームはヒットしたよ。何万本っていったかな? その会社の規模からするとスマッシュヒットと言っていいようなゲームさ。そんで会社は白川に給与分としてストックオプションを与えたんだ。これは逆かな? 会社が資金繰りに困ってたから白川にストックオプションの権利あげるから、って契約してからゲームがヒットしたんだっけな。え? 「ストックオプションってなにか」だって? おいおい、そんなことも知らないのか? まったく困ったものだね。えっと……、自社株を買う権利だっけな? 給料の代わりに株をもらうんだよ。そうそう、確かそんな感じのやつだ。え? 「ヤサイマンさんだってよくわかってないでしょ」だって? いいんだよ。大体あってるんだから。とにかく、ゲームがヒットしたことでその会社の株価はめちゃくちゃあがり、そして、白川はその株を現金化した。
そんであいつは大金持ちとなった。そりゃビックリするよ。あの不細工でさげすまれていた白川が金持ちになったんだもの。そして更にビックリすることに、あいつはその実績が評価されてその2年後にはその会社の社長になったんだ。「え? そんなことなんてあるのか?」って。いやぁ~俺も驚いたんだけどさ。ゲーム会社というのはそういうことがままあるらしいんだよ。なんせ完全なる実力社会だからね。これも中規模くらいの会社だからあるような人事なのかもしれないけどさ。大学を卒業してから10年で俺と白川の立場は天と地ほど広がったわけ。もちろんそりゃうらやましい気もしたよ。いや、しなかったと言ったら嘘になるな。俺はあいつがうらやましかった。でもさ、二人であうとビックリするほど昔の白川で……、俺はそんなあいつのことをどうしても憎めなかった。
むしろそんな時ぐらいからかな、白川が悩み始めたのは。白川は社長になったことで他業種とも交流が多くなり、パーティーにも呼ばれるようになった。で、そういう時に俺たちからすると恐れ多いような美人が白川に愛想をふりまくそうなんだ。さっきも言ったけど、俺たちはスクールカーストの底辺だったろ? それに不細工で冷たくあしらわれてばかりきた。最初はそういう人たちも社交辞令でこういう挨拶をしてくれているだけなんだ、って白川は思っていたそうなのだけど、そのうちプライベートのパーティーに誘われるようになり、それこそ美人やめちゃくちゃ可愛い子から告白されるようになったのだそうだ。
それもかなり気合の入った子ばかりで、むしろ白川の彼女の座をゲットしようと必死になるのだそうだよ。
白川は……、そうだな、かなり混乱していたよ。そして汚らわしいとも言っていた。俺も白川も普段の彼女たちがどういう人間なのかを知っている。だからこそ白川には彼女たちの姿がとてつもなく卑しく映ったのだそうだ。彼女たちの瞳に映るのが“円”のマークだって知っているからさ。
「俺は幼稚なのだろうか」と白川は何度も言っていたな。俺は、そんなことないぜ、って何度も白川を励ました。俺はその世界を味わってなかった。だから俺の目に映る彼女たちは相変わらず残酷で、見下す目つきと顔のどこかしらに奇妙な笑いの入り交じったものを見せてきたが、白川には別のものが見えていたんだ。同じ女性が一方で蔑み、一方で媚を売る姿を。俺は、むしろお前のような人生を送りたいよ、と言ったことがある。でも、白川から出てきた答えは意外だった。
「絶対にやめたほうがいい。人ってものがわからなくなる」と白川は言った。「どっちが真実なのか、本当にわからなくなる。なぁ俺は侮辱されていたはずだよな。気持ち悪いと、不細工だと、近づくなと言われ続けてきたよな? 笑われ、蔑まれ、馬鹿にされてきたよな? そうだよな? なのに、どうして俺に地位と金があるだけでこんなに人がなびくんだ? 俺が出会う人々は一体俺の何を見てるんだ? 俺は……、俺なのか? なぁあいつらの見る俺とは……誰なんだ?」
……。あんなに金持ちなのに、あんなに高い地位についているのに。あいつの心の中に広がっていたのは混乱だけだったんだ。俺はあいつに優しく言ってあげたよ、焦るな、本当にお前が大切に思えるような人が必ず現れる。そして、お前自身を見て愛する人が本当に現れるさ、だからその時まで待てってね。2年後、あいつに本当にそういう女性が現れた。きっかけは俺の友人が開いたパーティーでね。そこで飛び入りで白川も参加したんだ。多少名前が売れているからサングラスとかかけてたりしたな。ははは。え? 「なんで突然笑い始めたのか」って? だって、あいつは、俺と同じ工場で働いているって女性陣に答えたからだよ。もうね、あいつの基準でいうと、女性陣はありえないほど無礼でそっけなかった感じだったらしい。だから俺は、すまないな、と白川に言ったんだ。すると、逆に白川は「いや、むしろこういう環境こそがほしかったんだ」と言って笑って答えたんだ。たぶん、それはあいつの中でようやく真実に出会えたってことなのかもしれない。そのあとも幾度かパーティーを開き、そして白川はのちに嫁になる女性と運命の出会いを果たしたんだ。
その女性は工場勤めの白川の素朴な性格を気に入り、白川との交際をスタートした。しばらく白川は二重生活をしたようだぜ。彼女に嘘をつくためにわざわざ安いアパートまで借りて、念入りに安い服をそろえて。そこに住んでいるように偽装した。でもいつだったか、もう隠しきれないところまでいって、あいつはそれを彼女に打ち明けた。
彼女は激怒したそうだ。なんでも、その時、連絡まで絶ったらしい。白川はこの世の終わりのような顔をして、何とか彼女の居場所を探し当て、必死に彼女に謝った、とか言ってたな。もう本当に九死に一生を得たような体験談として。
まぁ、それでその女性……、B子……。いや、一応名前をつけておくか。その『メグミさん』と白川は結婚した。結婚式? 当然俺も行ったさ。というか俺は仲人だったんだよ。仲人なんてはじめてやったから、うまくできたかどうか分からないけど、メグミさんと白川、両方泣いてたなぁ、メグミさんなんて俺に向かって「こんな素敵な人とめぐりあわせてくれて本当にありがとう」と言ってたな。白川も俺にボソッと一言「感謝しかないよお前には」と言ってた。まぁ、人に感謝されるというのも悪くはないなと思ったよ。
結婚式のセレモニーでハトが飛び立ち、紙吹雪が舞って、そしてメグミさんの手からブーケが投げられた。今でもあの白いドレスと青い空とそこに羽をばたつかせるハトの姿を思い出すよ。とても幻想的な結婚式だったなぁってね……。
え? 「素敵な話」だって? まぁそうだよな。素敵な話だよな。なんてたって、ようやく真実の愛を見つけれたんだからな白川も、そしてメグミさんも……。ふふふ。え? 「なんか最初に話していたことと違わないか」って? 「結局モテた方がいいってことじゃないか」って? まぁ落ち着けよ。この話には続きがあるんだ。
この二人は無事結婚し、白川夫婦は結婚生活をはじめた。幾度かぶつかり合いはあったそうだが、雨降って地固まるの精神で乗り越えてきたそうだ。
でも白川は、彼女が興奮した時にする話にたまに違和感を覚えたそうなんだ。
そう、違和感と言っていたな。
違和感って言葉いいよね。違和感って素晴らしい日本語だと思うよ。漠然としているさまを表すというかさ、そういう状態を指すよね。でもね、そんな状態でも、何かが変だ、と心の奥がざわついたりするんだ。それが違和感。でも理由はわからない。ただ漠然としている。そういう言葉って外国にはあるのかな? それは分からないけど、とにかく白川は彼女の違和感のようなものを感じることが多くなった。それで徹底的に彼女のことを調べたのだそうだ。メグミさんの生い立ちやら経歴やらそういうものさ。そうしているうちに思い出してきたんだ。ゲーム会社の社長として色々なパーティーに出席していた時、やけに地味な女性がいたことを。その女性は他の女性の影にかくれ、なんの印象もなかったそうだが、確かに彼女はそこにいた。そんなことを突き止めたのだそうだ。もう、白川の中の前提がすべて崩れたよね。メグミさんは白川の身分を知らないはずだった。だからこそ白川は結婚に踏み切ったはずだった。でも実際は、白川の身分を知りながら狡猾な手段で白川に近づいた一番の狸こそがメグミさんだったんだ。
白川の心は氾濫した川のように荒れ狂い、そして彼女に離婚を切り出した。すると、やけになった彼女から白川は更に思いがけない事実を聞いたのさ。ふふふ。なんだと思う?
それはね。親友の裏切りだよ。
なんというか、メグミさんにその事実を教えた人物こそが俺だったのさ。それだけじゃない。俺は特別にレッスンをしてあげたんだ。あいつの心をくすぐる言葉や態度とはなにか、ということに関してね。俺はあいつと同じだったから、言われて嬉しいこと、嫌なことがなんでも分かる。だからあいつとの結婚をゴールとした特別交際プランをメグミさんに提示したのさ。メグミさんは元々母子家庭で育った異様に上昇志向が強い野心家の女性だったので、鼻息を弾ませ俺の話にのった。前金で300万。成功報酬として1000万を俺に払う約束でね。
だからメグミさんにとって離婚など絶対にあってはならないことだったんだ。メグミさんの夢は裕福な家庭の専業主婦になることだった。仕事は嫌だしストレスはたまるし、どうにかして金持ちを捕まえ、よい生活を送りたかった。公営住宅で暮らす日々を思い返しては、ああはなるまい、と生きてきた人生だったからだ。
その金づるが目の前から逃げると思い気が動転したんだろう。
だから、彼女は思わず白川を殺してしまったんだ。
死体はバスタブでバラバラになり、白川は山中で埋められたそうだ。いや……“そうだ”という表現は少し間違っているな。
実際に見たんだ。元親友が埋められてゆくさまをね。ひっそりとメグミさんに見つからないように。
1000万はもちろん支払ってもらったよ。けっこう前にね。でも、この白川の死体の場所にはいくら出すだろうねメグミさんは。きひひ。今のところワイドショーで失踪事件として報道されているけど、どこまで持つかな? これが失踪事件ではなく殺人事件に切り替わる日も近いんじゃないのかな? あとはこの俺の胸三寸さ。金を払えないとメグミさんが言うならあとは警察に言うだけさ。
でも、交渉は慎重にやらないとね。なにせ相手はもう俺の親友を殺しているシリアルキラーだ。金のためには何でもやる最悪の女さ。ほら、最初の話につながっただろ? 2つの世界を知ってはならないってね。結局白川は混乱し、挙句の果てに殺されてしまった。どこにもいいところはないだろう? え?「どうせ作り話でしょう?」って? ははは。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。世の中にはいろんな世界がある。それにこういう大ぼらを吹くやつもいるかもしれないじゃないか。だからそのためにあなたたちがいるんでしょう? こういう有料相談に電話をかける人って寂しい人が多いじゃない。俺もその一人なんだよ。だからこうやって夜な夜なこの有料チャンネルに電話してるわけ。だから大目にみてよ。俺のそういう大ぼらもね。
おっとっと。……噂をすればってやつだ。キャッチだよキャッチ。スマホが振動してるんだ。え? 「誰からの電話か?」って? おいおい言わせるつもりかい? 例のシリアルキラーからだよ。実はもう最初の交渉を終えててね。この電話で彼女の回答を聞くことになってるんだ。まぁ奴の狙いはもう分かっているのだけどね。奴の狙いは……俺の命さ。あのサイコパス女の視点で考えると俺の口封じをしなければ安心できないと思っているに違いない。まぁそうはいかない。俺は死なないし、俺は彼女から大金を引き出してみせる。俺にようやく巡ってきた一獲千金のチャンスなんだ。ああ、そういえば2つの世界をみるべきではない、という話だけど、あれは少し違うのかもな。あれはたぶん自分に対する戒めの言葉だったのかもしれない。あの白川があんな死に方したもんだから、俺は怖くなっているのかもしれない。でもね……同じ考えが何度も頭の中をグルグルと回るんだ。
やっぱり、それでも俺は二つ目の世界を覗いてみたいのかもしれない……ってね。たとえ、あいつのように戻れなくなったとしても、ほんの少しだけでも垣間見たいのかもしれない。
だって悔しいじゃないか。あいつだけが知ってる何かがあるなんて。俺とアイツは親友だから、俺もそれを味わい、あいつと同じ光景をみるべきなんだ。そうだ。そうに違いない。だからこそ、失敗はできないんだ。今度こそ、あいつに並ぶんだ。あ、そうだ、もう切るよ。さすがにそろそろ出なきゃならないし、なにせ相手はシリアルキラーだからね。気を張らないといけないだろう? だから、もうそろそろこの電話は終わりにするよ。
そうだな……、生きていたらまた電話するよ。じゃあ、またね。