男達の裏話・深夜の攻防
薄暗い部屋の中、シーツに包まり眠るエミリアをエドガーはただ黙って撫でていた。
時々身じろぎする愛しい人に、頬が自然と緩むのが自分でもわかる。
こうして姪の家を尋ねた時にしか触れる事も叶わない。
出来るなら今すぐに攫って行ってしまいたいが、それもなかなか難しい。
髪から頬へ、頬から肩へとエドガーの手が移動していくと、暗闇の中から新たに人の気配を感じた。
「それ以上義姉に触れるのは止めてもらえますか、彼女が穢れる」
射殺さんばかりの視線を向けられても、エドガーは微笑むばかりでその手を止めようとはしなかった。
「すまないが無理な相談だ、今夜はずっと傍にいるとリアに約束したのでね」
「必要ありません、俺が傍に居ますから」
バークレイは足早にベッドに近づくと、エドガーの反対側から上に乗り上げ、エミリアの髪をそっと撫でた。
自身の手に擦り寄り眠るエミリアに、先ほどまでの冷たい視線が春の雪解けのように融けていく。
余裕の笑みを浮かべていたエドガーも、他の男がエミリアに触れるのは面白く無いらしく、目を細めバークレイを睨みつけた。
「大叔父上のお部屋は、下の階の一番右奥ですよ。明日も早朝からお仕事なのでしょう?早く戻られては如何ですか」
視線を全くエドガーに向ける事無く、冷めた声を投げかける。
「ああ、知ってるよ。どこかの又甥がご丁寧に、ここから随分と遠い部屋を用意してくれたらしいからね」
同時に顔を上げた二人の視線がぶつかる。
バークレイは眉一つ動かさず感情の無い瞳を向け、エドガーは笑みを浮かべているがその瞳は全く笑っていなかった。
「貴方は殿下の足止めをしていれば良いんですよ」
「足止めはしているよ、あの殿下は協定を破棄してエミリアを王太子妃にしようとしていたからね、そんな暇ないほど仕事を詰め込んでやった。暫く下手な動きは出来ないだろう」
クラーク、バークレイ、ウィリアム、エドガーの四人で組まれた協定。
それは互いがライバルだと認識した時に結ばれたもので、エミリアが選んだものが彼女の伴侶になるというもの。
一切強制は許さず、又誰が選ばれても一切文句および妨害行為は行わない事といったものだ。
エミリアの幸せを第一に考えたこの協定だが、一番に痺れを切らしたのは王太子のクラークだった。
なぜならエミリアは予想以上に鈍感で、疑いようの無い好意を示しても斜めに解釈し進展の兆しすら無い。
本来この四人の中で一番の権力者であるクラークは、この協定が無かったらエミリアを婚約者にする事もたやすい立場だったのだ。
そう考えるとつい間が差したのか、早急に婚約者をと急かす者達にエミリアならば婚約しても良いと零した。
勿論そうすれば早く世継ぎを望む者達は、エミリアを担ぎ上げると思っての行動だ。
しかし、宰相を務めるエドガーにそれがばれないはずは無く、話を聞いた貴族が何か言い出す前に睨みを利かせ黙らせると、異常なまでの公務をクラークに詰め込み動きを封じると共に反省を促したのだが。
「そうは言っても、今日のお茶会は殿下とだったと聞いていますが?」
どうやら初めて聞いたようで、バークレイの言葉にエドガーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あれだけの仕事を与えたというのに、無駄に出来の良い王太子も考えものだな」
他の者が聞いていれば不敬と取られかねない話だが、ここにはそれを深く頷いて肯定するバークレイしかいなかったので問題は無い。
「どうやら王妃を味方に付けたようです、元々あの方は義姉をいたく気に入っていましたからね」
言葉数は少ないエミリアだが、貴族令嬢としての出来は良い。
勉強もマナーも一流だし、何より聞き上手なので本人が意図せず情報を聞き出す事も多々ある。
恐らくこの害の無い感じが他者に堅い口を割らせる要因なのだろう。
一人で話させると何が重要情報かわかっていなくて宝の持ち腐れだが、傍に置いておくと何かと有益なのだ。
次期王として完璧とも言われる王太子と、語学に富み謙虚堅実なエミリアならば自国は安泰と考えたのだろう。
しかし、そう簡単に思い通りになるなど考えてもらっては困る。
国の為にと簡単に諦めきれるような想いなら、最初から王族を相手になどしない。
目の前の愛しい女性の髪を一房とって口付けようと……した所で伸びてきた手に叩き落とされた。
痛む腕をさすりながら睨みつけると、相手も自分を睨みつけていた。
「触るな、穢れる!と言ったはずですよ。大体いつまでここに居るつもりですか、さっさと部屋に帰ってください」
「お前こそ話を聞いて居なかったのか?断ると言ったはずだ、朝になって私が居なければリアが悲しむからね」
「全く悲しみません、断言して差し上げます」
睨み合い互いに牽制しあう二人の話し合いは平行線をたどり、一晩中続いた。
結局翌朝エミリアが目を覚ますと、左手をバークレイ、右手をエドガーに取られた体制で目を覚まし、穏やかに眠る二人を前に何故こうなったのかを小首を傾げて悩んだ。